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【3】話題のカタマリ(第61回)              ― 森は海の恋人
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文化放送ほか全国ネットで放送されている『武田鉄矢 今朝の三枚おろし』は、
毎週1つのテーマや1人の人物に焦点を当てて語る10分弱のトーク番組である。
本放送を聴き逃しても、ポッドキャストで前週のテーマをまとめて聴くことが
できる。

さて、今週放送していたテーマは、 『漁師さんの森づくり』『鉄が地球温暖化
を防ぐ』などの著書で知られる畠山重篤氏を巡る環境問題の話だった。畠山氏
は気仙沼の漁師で、“鉄橋の下の海では大きい貝が採れる”とか“難破船を沈
めてあるところは豊かな漁礁になる”などの漁師たちの言い伝えや経験談を、
科学的に捉え直し、当時北大にいた松永勝彦教授(『森が消えれば海も死ぬ』
の著者)に教えを請い、海を豊かにするには植物性プラントンが増えるための
鉄分が必要であるということを知り、地元の歌人・熊谷龍子による短歌から採っ
た“森は海の恋人”をキャッチフレーズに、漁場近くの山への植林運動を20年
以上続けている。
海に必要な鉄分というのは、森が作る腐葉土や湿地帯の泥などから生まれ、川
によって運ばれてくるものなので、森林を伐採したり、湿地帯を埋めたり、河
口堰を作ったりなど、山と川と海とのつながりが1つでも欠けると、沿岸域の
漁場は豊かさを産み出す栄養バランスを崩してしまうのだ。

また、山陰・山陽に跨る中国山地は、良質な砂鉄をもとに“たたら製鉄”が盛
んな場所であったが、そこから日本海側に川が流れていくと宍道湖のシジミが、
瀬戸内海側に川が流れていくと広島のカキが豊富に採れるという話は、改めて
気づかされた自然の驚異であった。


◎ 畠山重篤(カキ養殖業;牡蠣の森を慕う会代表)
昭和19年上海生まれ
終戦後、父の実家の宮城県唐桑町に引き揚げる。高校卒業と同時にカキとホタ
テの養殖に従事。その傍ら、牡蠣の森を慕う会代表として気仙沼湾で、海を守
るために山への植林運動を行う。

◎ 松永勝彦(四日市大学特任教授;北海道大学名誉教授)
昭和17年三重県出身
昭和41年北海道大学助手、61年教授。平成15年退官し、同年四日市大学客員教
授。16年特任教授

◎ 熊谷龍子(歌人)
宮城県気仙沼市生まれ
大学時代より作歌を始め、昭和42年復刊した「詩歌」に参加。前田透に師事。
のち「礁」「開放区」に所属。歌集に「地表水まで」「森は海の恋人」など。

(WHOPLUSより)

(袴田)
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ルギー、省エネルギーなど888のテーマで分類。巻末に「著者名索引」「事項
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【3】話題のカタマリ(第60回)            ― 自転車の安全鉄則
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ここ数年、歩いていても車に乗っていても気になっていたのが、自転車乗りの
マナーの悪化である。信号無視、無灯火は当たり前だし、ケータイ電話やメー
ルをしながらの運転に関しては、自動車と同様に厳罰を課してもよいと思う。
さて、さまざまな自転車マナー悪化の中でも最近は“車道の逆走”が増殖して
いることが、ずっと気になっていた。“車道の逆走”とは、車道の真ん中を逆
向きに走ってくるのではなく、車道の左車線にある路側帯(歩道と車道の間に
ある白線内)を、車とは逆向きに走ってくることである。これは完全に道交法
違反なのだが、当の本人たちは悪びれた様子もない。

これはいったいどうしてなのかと思っていたところ、書店で「自転車の安全鉄
則」(朝日新書)という本を見つけたので読んでみた。著者の疋田氏はTBSの
報道ディレクターにして、自転車通勤の先駆者“自転車ツーキニスト”だ。
疋田氏も常日頃、自転車乗りのマナーの悪さを同じ自転車乗りとしても苦々し
く感じていたらしく、本書では“自転車は「左側通行を厳守する」”ことの大
切さを論理的に説きながら訴えている。その中で触れていた“車道の逆走”が
増殖するきっかけになったと思われるエピソードが気になった。
フジテレビ系「めざましテレビ」の交通安全に関する特集コーナーの中で、司
会の大塚範一は「安全のため、自転車は車とは反対向きに走りましょう」と言っ
たのだとか。疋田氏とフジテレビとの間のやりとりは本書を読んでいただくと
して、局と司会者が道交法違反となる行為を推奨したのは責任重大だと思う。

自転車通学者全員が左車線を逆走してくる某県立高校前の通りや、路側帯では
なく車道の真ん中を老若男女の自転車が暴走する某親水公園脇のバス通りを通っ
た時には、正直面食らったものだ。それが「めざましテレビ」での発言があっ
てから広まった風習なのかは不明だが、発言を真に受けて誤った交通教育をし
ている学校もあるのではないかと思う。

ここはひとつ、忌野清志郎から引き継いだ“2代目・自転車名人”鶴見辰吾に、
交通教育の全国行脚に出ていただきたいものだ。


◎ 疋田智(テレビディレクター;エッセイスト)
昭和41年宮崎県生まれ
平成元年TBSに入社。「筑紫哲也ニュース23」「スペースJ」、情報番組「ブロー
ドキャスター」ディレクターなどを経て、報道番組「イブニング5」デスク。
国会の私的諮問機関自転車活用推進研究会理事も務める。  

◎ 大塚範一(アナウンサー)
昭和23年東京都生まれ
昭和48年NHKに入局。59年より東京アナウンス室勤務。60年から「サンデース
ポーツスペシャル」「ベストゴルフ」キャスター。63年「クイズ百点満点」の
司会に抜擢された。平成6年フリーとなり、フジテレビ系「めざましテレビ」
のメーンキャスターになる。

◎ 鶴見辰吾(俳優)
昭和39年東京都生まれ
昭和52年テレビ朝日のドラマ「竹の子すくすく」のヒロインの弟役でデビュー。
54年TBS「3年B組金八先生」、55年映画「翔んだカップル」で注目される。他の
出演作に映画「天使のはらわた 赤い閃光」「月とキャベツ」「スパイゾルゲ」、
テレビドラマ「義経」「チーム・バチスタの栄光」「天地人」など。趣味は自
転車で、平成19年NPO法人自転車活用推進研究会が認定する“自転車名人”を、
忌野清志郎から引継ぎ、2代目に。
(WHOPLUSより)

(袴田)

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【4】話題のカタマリ(第59回)        ― 野茂英雄と「アホの坂田」
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放送開始21周年を記念して「探偵!ナイトスクープ ザ・ゴールデン」が、3月
15日に2時間特番で全国放映された。その前週には同番組では第1回の依頼から
何度も発掘を試みていたカーネル・サンダース像が24年ぶりに道頓堀川から引
き揚げられるなど、ゴールデンタイム放映へのはなむけのような出来事もあっ
た。しかしながら、視聴率は地元関西地区のABCでは20%以上の高視聴率だった
のに対し、関東地区のテレビ朝日では同時間帯最下位の5%程度に留まったとい
う。つくづくこの番組は“関西文化遺産”なのだと思う。

さて、「ナイトスクープ」の最高顧問・キダタローといえば、「アホの坂田」
が有名である。最近流れている野茂が出演するエアコンのCMのBGMが、なぜか
「アホの坂田」に聴こえるのにお気づきだろうか?この曲は「メキシカン・
ハット・ダンス」というメキシコ民謡で、大リーグの試合の合間に球場でよく
かかる定番メロディで、その他のスポーツ競技の応援でもよく使われるのだと
いう。

かつての「ナイトスクープ」の依頼でも、冬季オリンピックを観ていたら、ど
こかの国の応援団が「アホの坂田」を演奏していたので調べてほしいというの
があって、その時にキダタロー本人はこの「メキシカン・ハット・ダンス」を
元に「アホの坂田」を作ったことを述べていた。

「メキシカン・ハット・ダンス」について調べているうちに、野茂と坂田師匠
は、同じ中学校の卒業生だということがわかったのだが、それを踏まえてこの
CMのBGMを選曲したのだろうか?という新たな疑問が湧いてしまった(笑)。


◎ キダタロー(作曲家;タレント)
昭和5年兵庫県出身
高校時代バンドに参加。のちプロとなり、ピアニストを経て、作曲・編曲家に。
テレビ番組「プロポーズ大作戦」のテーマ曲や「出前一丁」のCMソングなど2000
曲以上を作曲。

◎ 野茂英雄(元・大リーグ選手)
昭和43年大阪府生まれ
平成元年ドラフト史上最高の8球団が1位指名し、近鉄と契約。平成2年オープン
戦でデビュー、1試合17奪三振、4試合53奪三振、5戦連続2ケタ奪三振など次々
と大物ぶりを披露し、“ドクターK”の異名をとる。7年1月近鉄を退団、2月大
リーグ・ドジャースと契約。個性的なトルネード投法にフォークボールと直球
で真っ向勝負するスタイルは大リーグファンを魅了した。デビルレイズ、ヤン
キース、ホワイトソックスを経て、20年1月ロイヤルズとマイナー契約。4月メ
ジャー復帰を果たすも、登板3試合で戦力外通告を受け、7月現役を引退。21年
オリックスのテクニカル・アドバイザー(TA)に就任。

◎ 坂田利夫(漫才師)
昭和16年大阪府生まれ
昭和36年吉本新喜劇の研究生として吉本入社。43年前田五郎とコメディNO.1を
組む。“あーりがとさーん”のキャグで有名になる。47年「アホの坂田」が大
ヒット。出演に「爆笑コメディーなんじゃそら三人組」「なにわ人情コメディ
横丁へよ~こちょ!」など。
(WHOPLUSより)

(袴田)

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【4】話題のカタマリ(第58回)         ― 長寿ラジオ番組の終わり
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日曜の昼間はテレビを観ながら、ラジオで若山弦蔵の「バックグラウンドミュー
ジック」を聴くことが多い。午前中の番組までは、好感度No.1アナウンサーの
腹黒い一面を聴かされているだけに、若山氏の語り口は非常に心地の良いもの
だ。この番組で曲が流れていたのがきっかけで、それが収録されているCDを購
入したことも多い。

さて、この番組を若山氏が担当してから13年以上、現在の放送時間帯に移って
からでも5年以上経っているが、ついにこの3月をもって終了となることが決まっ
た。終了の理由は若山氏の口から「(1社提供の)スポンサーが降りるんです。
民放の宿命みたいなものです。」と伝えられたが、そもそも番組の源流は1964
年にスタートした「キユーピー・バックグラウンド・ミュージック」にまで遡
るのだから、司会・スポンサー・放送時間を変えながらも、45年間も同じフォー
マットで続いてきたのは驚異的といえる。
つい最近、別のラジオ局でもスポンサーの降板による番組の年度末終了が決ま
り、特に名前を伏しておくが担当パーソナリティがキンキン...じゃなかった
カンカンに怒って突然番組を終了させてしまった出来事があったが、若山氏は
最終回まで落ち着いた放送を聴かせてくれるだろう。
しかし、若山氏の声がラジオから聴けなくなるのは寂しい。36年続いている
「小沢昭一的こころ」のようなミニ番組の形でも続けてほしいものだ。

さて、TBSラジオでは、もうひとつの長寿番組の終了も決まった。小堺一機と
関根勤による「コサキンDEワァオ!」である。これも源流となる番組まで辿っ
ていくと27年以上になるという。
思えば、関根勤と一緒に風呂場で“ケツケツダンス”をしていた娘が、レギュ
ラー番組を抱えるタレントにまで育ったのである。中学生の頃に「コサキン」
を聴いていた世代は確実にアラフォーである。笑福亭鶴光や吉田照美が、リス
ナーの成長とともに番組を深夜→昼と移動してきたように、深夜番組の世代交
代の時期なのだろう。


◎ 若山弦蔵(声優;DJ)
昭和7年旧樺太生まれ
NHK札幌放送劇団を経て上京。多数のドラマに脇役で出演していたが、外国
    テレビ映画の吹き替えで人気を得る。昭和48年よりTBSラジオ「若山弦蔵の
    東京ダイヤル954」のパーソナリティーをつとめ、平成7年4月に終了。以後
    「MDUバックグラウンドミュージック」を担当。

◎ 小堺一機(タレント;俳優)
昭和31年千葉県生まれ    
大学在学中にTBS「ぎんざNOW!」の「素人コメディアン道場」でチャンピ
オンとなり芸能界入り。 昭和57年「欽ちゃんのどこまでやるの!」グレ子
役の関根勤との“クロ子とグレ子”のコンビで人気者に。59年フジテレビ
系トーク番組「いただきます」(現在の「ごきげんよう」)の司会に起用
される。また関根勤と共にラジオ「コサキン」(現在の「コサキンDEワァ
オ!」)のパーソナリティーを務め、関連本などを出版。

◎ 関根勤(タレント)
昭和28年東京生まれ
TBS「ぎんざNOW!」の「素人コメディアン道場」に出場、5週勝ち抜いて初
代チャンピオンとなり、その年の干支がうさぎ年だったことからラビット
関根と命名され芸能界デビュー。昭和57年「欽ちゃんのどこまでやるの!」
のレギュラーとなり、芸名を本名に改める。60年から「小堺クンのおすま
しでSHOW」に出演。平成元年には自ら座長を務める「カンコンキンシアター」
をスタートさせた。
(WHOPLUSより)

(袴田)

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【3】話題のカタマリ(第57回)               ― 骨折注意報
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 ここ2ヵ月弱のことだが、なぜか芸能人の骨折を伝えるニュースが続いている。
 主なものだけでも先月には、

 ・ドランクドラゴン・塚地、番組収録中に左足骨折
 ・テリー伊藤、スケート中に転倒して腰を骨折
 ・あゆ、仕事中に貧血で転倒し右手を骨折

 今年に入ってからは、

 ・あやや、自宅で左足薬指を強打し骨折
 ・三遊亭円楽、階段転倒で両手首骨折

 といった具合に、まるで芸能界が“骨折の渦”に巻き込まれているかのようだ。
 テリーやあゆは大晦日の「紅白歌合戦」には支障なく出演できたのが何よりだっ
 たが、円楽師匠は弟子の楽太郎の6代目円楽の襲名が、来年2010年に控えている
 時節柄、大事をとってほしいものである。
 全くの余談だが、筆者の知人にもこの半年間に2度骨折した人がいる。2度目は
 この正月の話で、家に置いてあるミカンの入ったダンボール箱の角につまづき、
 あややと同様に足の指を骨折したという。

 さて、“他人の不幸は蜜の味”の芸能ジャーナリズムとしては、次の骨折ター
 ゲットを探しているのかもしれないが、格好の人物がいる。
 「M-1グランプリ」の昨年末チャンピオン「NON STYLE」の石田明(白い服の方)
 だ。“スキップをしていて足の指を骨折”“デコピンをして中指を骨折”など、
 地元関西では“骨折芸人”と呼ばれるほど情けない骨折体験の持ち主として知
 られているからだ。そんな虚弱なM-1チャンプにとって骨折は“骨折り損”で
 はなく、エピソードをより強固にする“骨折り得”なのだ。


  ◎ 塚地武雅(コメディアン;俳優)
  コンビ名=ドランクドラゴン
  昭和46年大阪府出身
  東京のお笑い養成所に入り、平成8年同期の鈴木拓とお笑いコンビ・ドランク
  ドラゴンを結成。13年よりテレビ「はねるのトびら」にレギュラー出演し、
  キングコング、インパルス、ロバート、北陽らとともに若手を代表する人気
  芸人として活躍。

  ◎ テリー伊藤(テレビプロデューサー;タレント)
  昭和24年東京都生まれ
  昭和50年IVSテレビ制作に入社。NTV系「土曜ビッグスペシャル」「天才たけ
  しの元気が出るテレビ!!」やフジ系「ねるとん紅鯨団」、テレビ東京「浅
  草橋ヤング洋品店」などバラエティ番組を数多くプロデュースする。テレビ
  のコメンテーターとしても活躍。

  ◎ 浜崎あゆみ(歌手)
  昭和53年福岡県生まれ
  平成5年、14歳の時に「ツインズ教師」(テレ朝)でドラマ初出演。同年秋に
  上京し、本格的な芸能活動に入る。7年ドラマ「未成年」に出演、同年橋口
  亮輔監督作品「渚のシンドバッド」で映画初出演。10年「Poker face」で
  歌手デビュー。11年1月のファーストアルバムはオリコン初登場1位。同年
  「紅白歌合戦」に初出場。以後、女性歌手シングル歴代記録のオリコン1位
  獲得連続年数10年、同1位獲得数30作、同TOP10獲得数41作、総売上枚数2058
  万枚、ミリオン獲得数5作の5冠を持つ。

  ◎ 松浦亜弥(歌手)
  昭和61年兵庫県生まれ
  平成12年"モーニング娘。&平家みちよの妹分オーディション"に合格し芸
  能界入り。13年つんく♂のプロデュースによりシングル「ドッキドキ!LOVE
  メール」で歌手デビュー。同年NHK「紅白歌合戦」初出場。また13年「最後
  の家族」で連続ドラマに初出演。15年「青の炎」で映画初出演。19年「す
  けだち」で本格舞台初挑戦。

  ◎ 三遊亭円楽(5代目)(落語家)
  昭和8年東京都生まれ
  昭和30年6代目三遊亭円生に入門して全生を名のる。33年二ツ目。37年5代目
  円楽を襲名し、真打ちに昇進。42年にスタートしたテレビ演芸番組「笑点」
  の大喜利コーナーに初代メンバーとして出演。58年「笑点」大喜利コーナー
  の4代目司会に就任。17年病に倒れ、18年4月には23年間務めてきた「笑点」
  大喜利コーナーの司会を退く。

  ◎ 石田明(コメディアン)
  コンビ名=NON STYLE
  昭和55年大阪府出身 
  平成12年中高の同級生だった井上裕介とコンビを結成し、音楽と漫才の路上
  ライブを展開。兵庫・三宮駅前などでライブを行うが、観客にけなされて漫
  才に道を絞り、お笑いコンビ"NON STYLE"として活動を開始。

                          (WHOPLUSより)

                                 (袴田)
 

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【3】話題のカタマリ(第56回)          ― 邦楽カバーの量産時代
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徳永英明が邦楽女性歌手作品のカバーアルバム「VOCALIST」シリーズを出し始
めてから、有名・無名を問わずいろいろなアーティストによる邦楽カバー曲を
耳にすることが多くなったと思う。ラジオだけでなく、「ヴィレッジ・ヴァン
ガード」などの雑貨店やカフェの店内で流れていることが多い。普段はJ-WAVE
を流していた職場近くのラーメン屋でも、邦楽作品のボサノバ風カバーで知ら
  れるSOTTE BOSSEの「Essence of life」シリーズをかけていたこともあったほ
どだ。

岩崎宏美は現在の所属レコード会社に移籍してから邦楽カバー「Dear Friends」
を手がけており、今年で4作目を数えるまでのシリーズとなった。岩崎良美との
姉妹デュエットもこのシリーズの名物になっている。安田姉妹(安田祥子・由
紀さおり)からは後釜を要請されているらしいが、岩崎姉妹は先達が拓いた領
域を侵さず、クラシック・童謡・唱歌は敢えてやらない方針だと、爆笑問題の
ラジオ番組にゲスト出演していた時に語っていた。

その岩崎宏美とは同じレコード会社のレーベル・メイトにあたるスターダスト・
レビューも、コーラスワーク中心にまとめた邦楽カバー「ALWAYS」を今年発売
した。岩崎もスタレビも、自身の長い音楽キャリアを活かした選曲にそれぞれ
の特色が出ていると思う。岩崎の「Dear Friends IV」では「人生の贈り物~
他に望むものはない~」が、スタレビの「ALWAYS」では「思い出はうたになっ
た」がアルバムの柱になっている。iPodなどでシャッフル再生して音楽を聴く
ことが多くなったが、1枚のアルバムに収録された曲順にも意味があるのだと
気づかされる。

ベテラン勢による単なる邦楽カバーでは企画が陳腐化してきたのだろう。稲垣
潤一は、ひとひねりした邦楽カバー「男と女-TWO HEARTS TWO VOICES」を出
した。デュエット曲ではない原曲を男女デュエット曲にアレンジしたのだ。
デュエット曲=ムード歌謡 or 演歌という概念を打ち破れれば、カラオケでも
  定着するかもしれない。

いわゆる“トリビュートもの”のブームも含めて、ここ数年で多くの邦楽ポッ
プス/フォーク/ロックがカバーされてきた。ヒットチャートに上がってくる
曲が若年層のみをターゲットにしていたが、近年は中高年が音楽回帰してきた
ことも後押しになって、単なる“世代の懐メロ”鑑賞ではなく“ニュー・スタ
ンダード”の発掘につながれば、音楽業界の再活性化にもなるだろう。


◎ 徳永英明(シンガー・ソングライター)
昭和36年福岡県生まれ
18歳で上京。俳優養成所を経て、ライブハウスで経験を積み、昭和61年シン
グル「レイニー・ブルー」でデビュー。62年シングル「輝きながら…」がCM
ソングとなり大ヒット。以後、「風のエオリア」「壊れかけのRadio」がヒッ
ト。平成3年アルバム「Revolution」がミリオンセラーとなる。13年「スー
パーサッカー」の司会の一人となるが、病気のため休養に入る。14年活動再
開。17年、18年女性歌手作品のカバーアルバム「VOCALIST」「VOCALIST 2」
が2作で80万枚のヒットに。19年「VOCALIST 3」で自身初のミリオンを達成。

◎ 岩崎宏美(歌手)
    昭和33年東京都生まれ
日本テレビ系「スター誕生」のグランドチャンピオンになり、昭和50年春「二
重唱(デュエット)」でデビュー。2枚目の「ロマンス」が大ヒットし、この年
NHK「紅白歌合戦」に初出場。57年「聖母たちのララバイ」が大ヒット。59年
所属プロダクションから独立。平成11年デビュー25周年記念アルバム「Never
Again」をリリース。舞台出演に「屋根の上のバイオリン弾き」「レ・ミゼラ
    ブル」がある。

◎ 根本要(ミュージシャン)
    グループ名=スターダスト・レビュー(STARDUST REVUE)
昭和32年埼玉県生まれ
柿沼清史、寺田正美、林紀勝、三谷泰弘と5人で高校時代から“アレレのレ”
でバンド活動を始める。昭和50年「オラは鎮守の村祭り」がポプコンで優秀曲
賞を受賞し、56年グループ名をスターダスト・レビューと改め、シングル「シュ
ガーはお年頃」、アルバム「STARDUST REVUE」でデビュー。59年「夢伝説」が
ヒット。

◎ 稲垣潤一(歌手)
昭和28年宮城県生まれ
高校卒業後、ライブハウス、ディスコ、米軍キャンプなど様々な場所でライブ
活動をする中、ドラムを叩きながら歌うというスタイルで注目を浴びる。昭和
57年「雨のリグレット」でデビュー、「ドラマティック・レイン」がヒット。
平成4年「クリスマスキャロルの頃には」がドラマ主題歌に起用され大ヒット。
19年デビュー25周年を迎え、ライブ映像を集めた初のDVDボックス「EDGE OF
TIME」を発売。
(WHOPLUSより)

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【3】話題のカタマリ(第55回)           ― 東と西で違うキャラ
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関西制作のバラエティ番組を関東で見ていると、ゲストに出ている関西出身タ
レントのキャラクターが関東で浸透しているそれと異なり、違和感を覚えるこ
とがある。しかし、関西へ出かけて現地制作のテレビ・ラジオ番組を見聞きす
ると、それまで見慣れていたキャラクターはあくまでも“東京向け”にアレン
ジされたものに過ぎず、活動拠点の関西でのキャラクターがタレント本来のも
のなのだと気づく。

よく知られたところでは、コメディアン・たむらけんじがいる。お笑い番組だ
けを見ていると獅子舞漫談姿しか記憶に残らないが、関西ローカルの番組でそ
の姿を見ることは無い。関東ではtvk(テレビ神奈川)などのUHF局で放映され
ている『探偵!ナイトスクープ』は、本来の“たむけん”の姿を毎週見られる
貴重な番組だ。

今年の4月から『バラエティー生活笑百科』の隔週レギュラーとなった上方落語
家・桂吉弥は、全国的には『新選組!』『ちりとてちん』の俳優としてのイメー
ジが強いが、関西のラジオ番組を聴いていると元・関西テレビアナウンサーの
桑原征平を相手に“おばちゃんキャラ(一部おねえキャラもあり)”が全開で
あることがわかる。本業は落語家なので、キャラ作りは芸の幅を広げることに
繋がるのだと思うが、つい先日「米朝一門会」の高座を見ていただけに、初め
てラジオ番組を聞いたときには、ギャップの大きさに驚いた。

そして最後に、島田紳助・明石家さんまが司会を務める番組などでは、その片
鱗が垣間見られるが、'80年代デビューのママドル・堀ちえみは、今や“大阪
の多産おばちゃんキャラ”がすっかり定着している。20年後には上沼恵美子の
ポジション(浪速の主婦代表)を奪っているかもしれない。


◎ たむらけんじ(コメディアン)
昭和48年大阪出身
高校時代の同級生と漫才コンビ・LaLaLaとして活動するが、平成11年解散。
以後ピン芸人として活動し、裸にふんどし、サングラス姿で獅子舞を片手に
繰り広げる“獅子舞漫談”で人気を集める。持ちギャグは“チャ~ッ”。

◎ 桂吉弥(落語家)
昭和46年大阪出身
平成6年桂吉朝に入門。9年ABCお笑い新人グランプリ審査員特別賞を受賞。
関西の小劇場で役者としても活躍。16年にはNHK大河ドラマ「新選組!」に
密偵・山崎烝役で出演。17年なにわ芸術祭新人賞を受賞。19年NHK朝の連続
テレビ小説「ちりとてちん」に落語家のヒロインの兄弟子・徒然亭草原役で
出演。

◎ 堀ちえみ(タレント)
昭和42年大阪生まれ
中学3年の時、ホリプロタレントスカウトキャラバンの第6回チャンピオンと
なり、昭和57年「潮風の少女」で歌手デビュー。同年レコード大賞新人賞受
賞。58年テレビドラマ「スチュワーデス物語」に主演し、“ドジでのろまな
松本千秋”役を演じて評判となった。62年芸能界を引退。平成8年復帰し、
大阪を拠点に活動。17年“花の82年組”と言われた同期デビューの松本伊代、
早見優とともにママドルユニット“キューティー・マミー”を結成。

(WHOPLUSより)

(袴田)

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【3】話題のカタマリ(第54回)              ― 本当の主役は
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NHKの連続テレビ小説『だんだん』が始まった。
『ちりとてちん』に出演していた上方落語家・桂吉弥が評するところの“しょー
もないドラマ”『瞳』が終わって、半年ぶりに大阪放送局の制作枠が巡ってきた。

出だしの視聴率の悪さがスポーツ紙で取り上げられていたが、連続テレビ小説
は朝昼の地上波放送の数字だけでは評価できないと思う。朝の地上波放送前に
はBSハイビジョンとBS2で放送しているし、毎週土曜日の午前中にはBS2では1週
間分をまとめて放送しているので、録画をまとめ視聴するにはBS2が適している
からだ。

ふだんはドラマを観ないという知人も、この『だんだん』は録画して欠かさず
チェックしているという。なぜなら、その人は竹内まりやファンなのでドラマ
の中身はさておき、主題歌とナレーションを毎回録っているそうだ。
番組の開始直後には新アルバム「Expressions」が出て、オリコンチャートで
現在3週連続のトップを維持している。このドラマの本当の主役は竹内まりや
なのである。

年末からは山下達郎のライブツアーが始まる。いくつかの会場では竹内まりや
との共演場面が観られるのではないだろうか。

◎三倉茉奈&三倉佳奈(女優;タレント)
昭和61年大阪府生まれ
平成8年NHK朝の連続テレビ小説「ふたりっ子」の子役でドラマデビュー、お
茶の間の人気を得る。9年デュエット名マナカナで歌手デビュー。20年朝の
連続テレビ小説「だんだん」主演。朝ドラで同じ女優が2度ヒロインを演じる
のは史上初となる。

◎竹内 まりや(シンガーソングライター)
昭和30年島根県生まれ
ロフトのオーディションを自作自演で受け、昭和53年「戻っておいで・私の
時間」でデビュー。当初、アイドル歌手的なプロモートをされたため、「不
思議なピーチパイ」「セプテンバー」などのヒット曲を出しながらも活動を
停止。山下達郎との結婚などを機に、本格的なシンガーソングライターとし
て再出発。平成6年ベストアルバム「Impressions」は350万枚を超える大ヒッ
トを記録。
(袴田)

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【3】話題のカタマリ(第53回)          ― 世界最高齢映画初主演
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女優の菅井きん(82歳)が、12月公開予定の榊英雄監督「ぼくのおばあちゃん」
で、世界最高齢映画初主演女優として、ギネス記録に認定された。
サイレント映画の時代とトーキー映画を別の映像メディアとすれば、米女優の
リリアン・ギッシュが1987年にリンゼイ・アンダースン監督「八月の鯨」で主
演した時の93歳の方が上を行っているような気もする。

おばあさん女優というのは、若い段階でおばあさん役が染み付いていると思う。
しかも脇役でちょっと出演しているだけなのだが、視聴者に残る印象は強い。
菅井きんのイメージは、進藤英太郎・あおい輝彦主演「おやじ太鼓」の家政婦
さん役や、村野武範主演「飛び出せ!青春」の寮母さん役で出ていた頃から、
ほとんど変わっていないような気がする。
すでに故人だが、浦辺粂子や原ひさ子などは、おばあさん役が定着してからの
姿しか知らないため、最初からおばあさんだと思っていたくらいだ(それは、
ウソだが)。

一方、菅井きんよりも年上の森光子に対しては、おばあさん女優のイメージが
薄い。何しろ、ついこの間まで舞台上で「でんぐり返し」をしていたのだから。
リアルタイムでドラマ「時間ですよ」などの母親役を観てきたせいもあるだろ
うし、今でも“ジャニーズ系タレントの母”的な扱いであるのも影響している
と思う。体力勝負の主役をはった舞台を続けているのも、おばあさん役が染み
付かない秘訣かもしれない。


◎ 菅井きん(女優)
大正15年東京生まれ
昭和21年新劇を志し東京芸術劇場研究生となり、22年「林檎園日記」で初舞
台。48年よりテレビドラマ「必殺仕事人」の中村主水の姑役で人気を呼ぶ。
平成20年82歳にして「ぼくのおばあちゃん」で映画初主演し、世界最高齢映
画主演女優としてギネスブックに認定される。

◎ ギッシュ,リリアン
1893年オハイオ州スプリングフィールド生まれ 1993年没
5歳の時から舞台に立つ。1912年大女優メアリー・ピックフォードと出会い、
デービッド・グリフィス監督に紹介され「An Unseen Enemy」でスクリーン・
デビュー。「国民の創生」「イントレランス」「散り行く花」などグリフィ
ス作品に主演。'22年グリフィス監督のもとを離れ、'25年MGMと契約、「ラ・
ボエーム」などに主演。しかしトーキー時代になると作品に恵まれず'30年
代には舞台に戻りブロードウェイで新たな名声を得る。'87年には「八月の
鯨」でトーキー以後初の主演となり、世界最長老の名女優といわれた。

◎ 浦辺粂子(女優)
明治35年静岡県下田生まれ 平成元年没
6歳で松井須磨子に憧れ、家出。奇術一座とともに全国巡業したのち上京、
浅草金龍館に入り、田谷力三らのコーラス・ガールとして舞台に立つ。大正
12年、日活京都で旧劇女優としてデビュー。30代からはフケ役に徹し、わき
役として名演技を見せた。

◎ 原ひさ子(女優)
明治42年静岡市生まれ 平成17年没
昭和8年、前進座に入り、原緋紗子の芸名で新橋演舞場の「牛を喰う」の町
娘役で初舞台を踏む。10年山中貞雄「街の入墨者」で映画に初出演。19年
東宝に入社。36年NHKの教育番組「良太の村」でおばあちゃん役を演じてか
らはおばあちゃん役の名脇役として親しまれた。平成11年には米紙ニュー
ヨーク・タイムズに"日本の最高齢女優"として紹介された。遺作となった
竹中直人監督「サヨナラCOLOR」が公開中の17年11月に96歳で死去、最期ま
で現役で活動した

◎森光子(女優)
大正9年京都生まれ
嵐寛寿郎の率いる寛寿郎プロの映画に初出演。以後娘役として活躍。戦後
は大阪で喜劇女優として再出発。昭和33年菊田一夫に見出されて上京、同
年「花のれん」で芸術座の初舞台を踏む。36年から菊田の「放浪記」で林
芙美子を演じ、芸術祭賞受賞。平成20年2月上演回数1900回を達成。テレビ
でも「時間ですよ」などのホームドラマや「3時のあなた」「紅白歌合戦」
などの司会で人気を呼んだ。
(WHOPLUSより)

(袴田)

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【3】話題のカタマリ(第52回)  ― 20周年記念「探偵!ナイトスクープ」展
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夏季休暇に関西旅行がてら、8月17日まで梅田のHEP HALLで開催されていた「20
周年記念 探偵!ナイトスクープ展」を観に行った。
http://www.livehep.com/news/08knight_scoop/index.html

・爆発たまご

・(チャプリンみたいに)靴を食べてみたい

・「チチヤスヨーグルト」の回る看板のフタには製造年月日が書かれているか?

・桂小枝のパラダイスシリーズ

・大和川をボートで通勤

・マネキン人形と結婚したい

・膳所の大盛食堂

・養老の星・幸ちゃん

・日本一周旅行中の息子に一目逢いたい

などなど、同番組の傑作にまつわるVTR再映や、その中で実際に使われた電子レ
ンジやゴムボート、マネキン人形、ウサギのかぶりものなどが展示されていて、
終了日間近だったせいか家族連れなどで賑わっていた。

会場内に書かれていた番組年表によると、この番組を千葉テレビで観始めたのは、
番組開始1年後の1989年からだったらしい(しかし、残念ながら千葉テレビでの
放映は2008年3月に終了してしまった)。20分の19年間も観ていたのだ。
関東では無名だった北野誠や、今や西川きよしの娘・かの子の夫となった名物パ
ティシエ・林繁和の名を高めたのも、まさにこの番組だったのだ。

同展は評判が良ければ、大阪以外での巡回展も計画しているらしいのだが、関東
地方だけがキー局で放送されていない番組だけに、一般的な認知度が低く、大阪
会場ほどの集客力が無いかもしれない。


◎上岡龍太郎(タレント)
昭和17年京都府生まれ
昭和38年横山ノック・青芝フックと漫画トリオを結成し、横山パンチの名
で活躍。5年後ノックの参院選出馬のため解散。司会、漫談、作詞、作曲、
芝居と多芸多才ぶりを発揮し活躍。情報番組「EXテレビ」「上岡龍太郎に
はダマされないぞ!」、バラエティ「探偵ナイトスクープ」「鶴瓶・上岡
パペポTV」などに出演。

◎ 西田敏行(俳優)
昭和22年福島県生まれ
昭和43年劇団青年座俳優養成所に入り、45年卒業後、劇団青年座に入団。
「写楽考」で舞台初主演。48年NHK連続テレビ小説「北の家族」の大工役で
お茶の間の人気をつかむ。その後NHK大河ドラマ「おんな太閤記」や「西遊
記」「池中玄太80キロ」などで売れっ子俳優となる。
映画「釣りバカ日誌」は20年以上続く松竹の喜劇シリーズで人気を集める。
平成13年関西の人気バラエティ番組「探偵!ナイトスクープ」の“局長”
に就任。

◎ 北野誠(タレント)
昭和34年大阪府生まれ
放送作家・東野博昭との漫才コンビからはじまり、俳優、タレントとして
関西ローカルで活躍。平成3年頃から関東・全国区の番組にも出演。「探偵
ナイトスクープ」「噂の東京マガジン」「ラジかるッ!」など多くのレギュ
ラー番組を持つ。

◎ 林繁和(パティシエ)
昭和29年大阪府生まれ
16歳から料理を学び、欧州各国で料理を修業。辻学園調理技術専門学校製菓・
製パン主任教授として教鞭を執る傍ら、「探偵ナイトスクープ」などのテレ
ビ番組でも活躍する。
(WHOPLUSより)

(袴田)

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