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  ■ ハカマダ芸能研究所(第6回) 
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 <本文中(*)のついた人名は記事の終わりにプロフィールを掲載しています>

 ◎ 今回のターゲットは、ギタリスト・押尾コータロー。

  今週の火曜日、「押尾コータロー & 小沼ようすけ ― Special Guitar
 Live―」(グリーンホール相模大野)(*1)(*2)を観て来ました。
  かたや演歌の流しからオーケストラ曲までギター1本で表現するインスト
 ゥルメンタル界の鬼才、かたやジャズギター界では久々の若手ホープによる
 ジョイントライブということで、平日夜にも関わらず満席に近い客の入りで
 した。
 ジャズギターに関しては、1980年代のフュージョンブーム以降に「ひょうき
 ん族」で浦辺粂子(*3)のモノマネをしていた高中正義(*4)や、ハーモニカの
 名手としても知られているトゥーツ・シールマンス(*5)の来日ライブを観て
 いた程度なので、小沼くんの即興演奏(インプロヴィゼーションと呼ぶ)を
 堪能できたとは言いがたいのが正直な感想でした。
  一方の押尾くんは、「題名のない音楽会21」で津軽三味線の上妻宏光(*6)
 と共演したり、つい先週もNHK「金曜オンステージ」では渡辺香津美(*7)+
 憂歌団の内田勘太郎(*8)+五木ひろしという珍しい顔合わせで演奏していた
 ので、一般的にも知られるギタリストになりつつあります。

 ◎ 押尾コータローは、ギタリストにあらず、ギター漫談家なり。

  しかし、テレビで観ていただけではわからなかった押尾くんの一面が、今
 回のライブで初めてわかりました。彼はギター漫談家だったのです。(笑)
  ギター漫談というと古くは玉川カルテット(*9)やモダンカンカン(*10)とい
 った“ボーイズもの”とか、「なんでかフラメンコ」の堺すすむ(*11)、「な
 んでだろう」のテツandトモ(*12)のようなお笑い芸人を思い起こしますが、
 押尾くんの場合は関西弁の話芸はもちろんのこと、演奏だけで笑わせること
 ができる“漫談ギタリスト”なのです。
  アニメ「ゲゲゲの鬼太郎のテーマ」の演奏ではメロディだけでなく曲中の
 擬音まで表現したり、“メンバー紹介”と称してエレキギターの音はディー
 プパープル風に(*13)、フォークギターの音はアリス風に...と演奏し、パー
 カッションの音はギターを打楽器のように叩きまくっていました。
  圧巻だったのはM.ラヴェル(*14)の「ボレロ」。この壮大な曲を、指が何本
 あるのかわからないぐらいのテクニックを駆使して聴かせてくれました。
 小沼くんとのセッションコーナーでは、チック・コリア(*15)の名曲「スペイ
 ン」を演奏しましたが、ソロ部分ではレッド・ツェッペリン(*16)の「天国へ
 の階段」の一節を挟むなど、どこかで笑いを取ろうする姿勢は、やはり漫談家
 の精神が活きている証ではないでしょうか。
 押尾くんの演奏を聴いたことが無いと言う方は、大阪MBSラジオのレギュラー
 番組のホームページにカバー曲が毎週1曲聴けるコーナーがあるので、ぜひ一
 聴を。

 参考URL  :「押尾コータロー公式ホームページ」
        http://www.toshiba-emi.co.jp/oshio/
      MBSラジオ「押尾コータローの押しても弾いても」
        http://mbs1179.com/oshio/

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 *1 押尾コータロー (オシオ, コータロー)
   ミュージシャン  昭和43年 大阪生まれ
   14 歳からギターを始め、20歳の時に上京して音楽理論などを勉強。1人
   でピアノ、ベース、ドラムなどのパートを演奏する独自のギター奏法を
   完成させる。平成11年アルバム「押尾コータロー」でソロデビュー。

 *2 小沼ようすけ (オヌマ, ヨウスケ)
   ジャズギタリスト 昭和49年 秋田県生まれ
   父親の影響により14才からギターを始め、ロックバンドを組みライブハ
   ウスで活動。その後友人の影響で、ジョージ・ベンソン、ダニー・ハザ
   ウェイ、グラント・グリーンなどに感銘を受けてジャズギターの道に進
   む。数々のコンテストに入賞し、ジャズクラブ等を中心に活動。平成13
   年アルバム「nu jazz(ニュー・ジャズ)」でメジャーデビュー。

 *3 浦辺 粂子 (ウラベ, クメコ)
   女優  明治35年 静岡県生まれ 平成元年没
   大正12年旧劇女優としてデビュー。30代からはフケ役に徹し、わき役と
   して名演技を見せた。晩年はテレビのバラエティ番組に多く出演した。

 *4 高中 正義 (タカナカ, マサヨシ)
   ギタリスト 昭和28年 東京都生まれ
   中学1年からギターを始め、高校時代には早くも"10代の天才ギタリスト"
   の異名を取る。サディスティック・ミカ・バンドからサディスティック
   スを経て、インストゥルメンタルのギター音楽でトップ・ギタリストと
   しての地位を確立する。

 *5 トゥーツ・シールマンス
   ジャズハーモニカ奏者;ギタリスト 1922年 ベルギー生まれ
   ジャズギターを学んだのち、17歳の時映画のワンシーンでバックにハー
   モニカが流れていたのに感動を覚え、以来ハーモニカの道へ。ハーモニ
   カをソロ楽器として確立させた異色のジャズミュージシャンで、「セサ
   ミ・ストリート」のテーマ曲の作曲家としても知られる。

 *6 上妻 宏光 (アガツマ, ヒロミツ)
   津軽三味線奏者 昭和48年 茨城県生まれ
   6 歳より津軽三味線を始め、平成7、8年青森県の津軽三味線全国大会で
   連続優勝。13年「AGATSUMA」でメジャーデビュー。

 *7 渡辺 香津美 (ワタナベ, カズミ)
   ジャズ・ギタリスト;洗足学園大学ジャズコース客員教授 昭和28年
   東京都生まれ
   高校に入った頃ジャズに開眼。昭和46年「インフィニット」を出し、天
   才ギタリストの出現と注目される。ジャズ・フュージョン・ギターの第
   一人者といわれる。

 *8 内田 勘太郎 (ウチダ, カンタロウ)
   ギタリスト 昭和29年 大阪生まれ
   昭和45年憂歌団を結成。50年シングル「おそうじオバチャン」でデビュ
   ー。以後、大阪を拠点にブルース一筋。

 *9 玉川カルテット:玉川 平助 (タマガワ, ヘイスケ)
   浪曲漫談師
   昭和45年に松浦武夫らと4人で玉川カルテットを結成。平成8年6月から
   リーダーを務める。

 *10 モダンカンカン: 灘 康次 (ナダ, コウジ)
    歌謡漫談家;ボーイズバラエティ協会会長 昭和4年生 東京生まれ
   川田晴久とダイナブラザースの一員となる。のちモダンカンカンを結成。

 *11 堺 すすむ (サカイ, ススム)
   コメディアン;タレント 昭和17年 大阪生まれ
   19歳の時、漫談と歌まねでデビュー。昭和42年上京。フランク永井のも
   のまねで好評を得る。61年ジョーク集「なんでかフラメンコ」を出版、
   レコード化してヒットさせる。

 *12 テツ and トモ
   コメディアン テツ= 昭和45年 滋賀県生まれ、トモ=昭和45年 山形
   県生まれ
   平成10年"テツandトモ"を組み、テレビ「笑わせろ」でデビュー。15年
   NHK「紅白歌合戦」に初出場。"なんでだろう"が流行語大賞に選ばれる。

 *13 ディープ・パープル:リッチー・ブラックモア
   ギタリスト 1945年 英国生まれ
   15歳で学校を辞め、音楽活動に入る。1968年ジョン・ロードらとディー
   プ・パープルを結成。ロックとクラシックの融合など新しい試みや、過
   激なライブ・パフォーマンスで話題を呼ぶ。

 *14 モーリス・ラヴェル
   作曲家 1875年 フランス生まれ 1937年没
   1887年パリ音楽院に入学。ドビュッシーやサティの新しい音楽に影響さ
   れた作品を在学中から発表。バレエ曲「ダフニスとクロエ」で名声を確
   立。

 *15 チック・コリア
   ジャズピアニスト 1941年 米国生まれ
   6歳の頃からピアノ、8歳からドラムを始めた。モンゴ・サンタマリア、
   ウィリー・ボボ、ブルー・ミッチェル、ハービー・マンらのバンドで活
   躍。1968~70年マイルス・デービス・バンドに参加。1972年リターン・
   フォーエバー(RTF)を結成、ジャズフュージョン・グループとして70年代
   を象徴するコンボとなる。
 
 *16 レッド・ツェッペリン:ジミー・ペイジ
   ロック歌手;ギタリスト 1944年 英国生まれ
   10代の頃からスタジオ・ミュージシャンとして活躍。ヤードバーズを経
   て、1968年レッド・ツェッペリンを結成。「天国への階段」などのロック
   ・スタンダード・ナンバーを生み、"世界3大ギタリスト"の一人と称せら
   れる。

                                 (袴)

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  ■ ハカマダ芸能研究所 第5回 清水ミチコのホームグラウンド
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  正月休み明けのある日、旧友に突然誘われて「清水ミチコのお楽しみ会~
 VOICE BE AMBITIOUS!~」(草月ホール)(*1)を観てきました。2000年までか
 つての渋谷ジアンジアンを拠点に開かれていた定例ライブ以来、4年ぶりの単
 独ステージだそうです。
  会場に入ると、ロビーにはレギュラー出演番組や放送局からの花環や鉢植
 えに混じって、いつも清水ミチコにものまねされている芸能人からの贈り物
 も、目につきました(さすがに田中真紀子からのは無かったけど...)。
  朝鮮中央放送のニュースアナウンサーという衝撃的映像でライブが始まっ
 て間もなく、客席から“ものまねリクエスト”を募るのですが、客層のほと
 んどが、古くからのライブファンやラジオ番組「ラジオビバリー昼ズ」の熱
 狂的なリスナー(通称:ビバリストと呼ぶらしい)で埋まっていたらしく、
 「桃井かおり」「大竹しのぶ」「デヴィ夫人」といった、テレビでも知られ
 たネタばかりでなく、「岸田今日子の怖い天気予報」(*2)「教授婦人会の高
 畑淳子」(*3)「井上陽水の作曲法」といった、マニアックなリクエストが次
 々と寄せられると、「それだけは勘弁してください(苦笑)」「う~ん、パス
 は3回まで許して!」などと時おり逃げつつも、多くのリクエストに応えて
 くれました。

 この日披露されたネタの構成を大まかに分けると、
  (A)オーソドックスなものまね篇
  (B)ものまね版 掛け合いコント/一人アカペラコーラス
  (C)アーティスト作曲法
  (D)替え歌(童謡「おかあさん」「しゃぼんだま」、「マイウェイ」など)
  (E)溶け込み写真傑作選 
  (F)オーソドックスなものまね+字幕で突っ込み
  (G)気になる場所に行ってみました
  (H)アラビア語の格言・ことわざ           (順不同)

 といった内容でしたが、(A)~(C)が普段テレビ・ラジオを通じて知っている
「芸人・清水ミチコ像」だとすると、(D)~(H)にはブラックで意地悪な側面や、
 変なモノ好きでもある「裏・清水ミチコ像」が垣間見られるように思えます。
  例えば、(F)のオーソドックスなものまね+字幕で突っ込みでは、坂本龍
 一の「ENERGY FLOW~鉄道員(ぽっぽや)のテーマ~戦場のメリークリスマス」
 のピアノメドレーを真剣に演奏する背後で、[あれ?さっきの曲と似ていま
 せんか...] などと字幕でボヤいてみせたり、鬼束ちひろ(*4)の「月光」(ド
 ラマ「トリック」の主題歌)を歌っている背後に[悪い子はいねぇがぁ!泣く
 子はいねぇがぁ!] と字幕で突っ込んでいくうちに、鬼束ちひろがナマハゲ
 になってしまったり という具合です。
  (H)のアラビア語の格言・ことわざ というのは、ものまねから離れたネタ
 で、イラク復興問題が注目された昨秋に始まったNHKラジオ「アラビア語
 講座」のテキスト本に載っている「アラビア語の格言・ことわざ」コーナー
 が妙に可笑しいよというスライドショー&トーク。この面白さだけは、言葉
 では説明できないので、お近くの書店で実物のテキスト本を立ち読みを!(笑)
 しりあがり寿(*5)の画風を知っている人は抱腹絶倒します。
  アンコールは矢野顕子(*6)のものまねで、三橋美智也の「達者でナ」を笑い
 無しで弾き語り、場内は大喝采の嵐。カーテンコールで涙ぐみそうになった
 清水ミチコは、照れ隠しのためか急に田中真紀子になって「どぅおぅもあり
 がとうございましたぁ」(場内大爆笑)と挨拶して終演となりました。
  歌あり、踊りあり、一人コント、ピアノ演奏、スライドショー等々、巧み
 な構成を交えながら2時間半たっぷり笑わせて、お値段たったの4,200円!こ
 んなお得なライブは他にありませんので、お近くで開かれる際にはぜひご観
 覧を。
参考文献 :「清水ミチコの『これ誰っ!?』」 宝島社
参考URL:「清水ミチコ オフィシャルウェブサイト」
            http://4325.net/index1.html
          「ほぼ日刊イトイ新聞 -清水ミチコの試供品無料進呈(秘密厳守)。」
       http://www.1101.com/michiko/index.html
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 *1 清水 ミチコ(シミズ,ミチコ) タレント  昭和35年 岐阜県生まれ
 ものまねが得意で、昭和58年RKB毎日「クニ河内のラジオ・ギャグ・シャッ
 フル」で初登場。また、テレビCMに七色の声で出演。61年からコントとピ
 アノ演奏、ものまねを交えたライブ活動を続ける。

 *2 岸田 今日子(キシダ,キョウコ) 女優  東京・杉並生まれ
 文学座、劇団雲を経て、昭和50年演劇集団円を創立。その個性的なマスク
 と的確な演技力が買われ、助演として各社の巨匠達の作品に数多く出演。
 アニメ「ムーミン」の声やNHKラジオ「私の本棚」の朗読など声・朗読・
 ナレーションの分野でも活躍。
 ※ものまね天気予報は、「ラジオビバリー昼ズ」の番組中、本当の天気予
  報コーナーでやっているのだそうです。

 *3 高畑 淳子(タカハタ,アツコ)  女優  昭和29年 香川県生まれ
 昭和51年青年座に入団。代表作は「木に花咲く」「欲望という名の電車」
 など。
 ※教授婦人会とは、放映中のドラマ「白い巨塔」での教授夫人役を指す。

 *4 鬼束 ちひろ(オニツカ,チヒロ) 歌手  昭和55年 宮崎県生まれ
 両親の影響で幼い頃から洋楽に触れる。高校時代から歌を作り始め、ヴァ
 ージン・アーティスト・オーディションに合格し、平成11年高校を卒業後、
 上京。12年シングル「シャイン」で歌手デビュー。

 *5 しりあがり 寿(シリアガリ,コトブキ) 漫画家  昭和33年 静岡市生
 まれ 大学卒業後キリンビールに入社、同時に「ビッグコミック・スピリ
 ッツ増刊号」などでプロの漫画家としてデビュー。主な作品に「真夜中の
 弥次さん喜多さん 」「地球防衛家のヒトビト」など。

 *6 矢野 顕子(ヤノ,アキコ) シンガーソングライター  昭和30年 東京
 都杉並区生まれ 昭和48年自己のバンド"ザリバ"でデビュー。51年にファ
 ースト・ソロアルバム「ジャパニーズ・ガール」をリリース。56年にCMソ
 ング「春咲小紅」が大ヒット。

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  ■ ハカマダ芸能研究所(第4回)ハカマダ日本音楽史の輪廻を語る。
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  年の瀬も迫った今頃の時期になると、街角では山下達郎(*1)の「クリスマ
 ス・イヴ」が流れ、某・鶏の唐揚屋のCMでは竹内まりや(*2)の「すてきなホ
 リデイ」が流れるのが年中行事になりましたねぇ。現代俳句の世界では「山
 達聴く」が冬の季語に入っているそうで、かつては「夏だ!海だ!タツロー
 だ!」のキャッチフレーズで売り出された(達郎本人は夏も海も大嫌いなの
 だが)とは思えないほど隔世の感がありますなぁ。おっと、今回の主役はダ
 ンナの方じゃなくて奥様のほうでした。(笑)
  10月末に発売された竹内まりやの新譜「Longtime Favorites」(以下「ロ
 ンフェバ」)は、デビュー25年目で初の自己プロデュースよる1960年代欧米
 ポップスのカバーアルバム。地味なジャンルの選曲にもかかわらず、11月10
 日付のオリコンチャートで初登場1位、前作「Bon Appetit!」に続いて2作連
 続1位、さらには、女性アーティストの最年長アルバム首位獲得記録を更新(
 48歳8ヶ月)...というオマケまで付いた、ちょっとした「ロンフェバ」ブー
 ムでありました。
  「ロンフェバ」発売直後の週末に、達郎&まりやファンのコミュニティサ
 イト「circustown.net」と東京・武蔵小山駅前のレコード店「PET SOUNDS」
 との共同企画で、「ロンフェバ」収録曲をまりや盤と1960年代当時のオリジ
 ナル盤で聴き比べるというインストア・イベントがあったので、武蔵小山ま
 で出かけていきました。「PET SOUNDS」は新譜を扱う、よくある街中のレコ
 ードショップなのですが、店名からも察しがつくように、ビーチボーイズを
 始めとしたオールディーズからナイアガラ(大瀧詠一)関連、果ては山下達
 郎が好きな落語家のCDまで置いている(笑)という充実した品揃え。「ロン
 フェバ」だけ買うつもりだったのに、結構余計なモノまで買ってしまいまし
 た。
  さて、そのイベントは店内の倉庫を催事スペースに仕立て上げて、大瀧詠
 一や山下達郎が贔屓にしているという秋葉原の某・高級オーディオショップ
 から総額200万円にものぼる機材を持ち込み、「ロンフェバ」収録曲とそのオ
 リジナル盤を交互に聴きながら、曲間に「PET SOUNDS」店長によるオールデ
 ィーズ談義や、つき合いの長い山下達郎&竹内まりやとの交友裏話を楽しむ
 という構成。
  店長曰く「ロンフェバ」収録曲の中でもイタリアの歌手・ミーナの「砂に
 消えた涙」が大のお気に入りで、自称“世界一の「砂に消えた涙」コレクタ
 ー”だとか。この曲は日本では弘田三枝子(*3)のカバー盤が有名だが、それ
 以外にもポッと出のアイドルのシングルB面やアルバムの片隅にたびたび入っ
 ているそうで、原題の「Un Buco Nella Sabbia(砂の穴)」に「砂に消えた涙」
 という邦題と、最初から日本語で書かれた曲なのではないか、と思えるほど
 の訳詞をつけた漣健児(*4)の言葉のセンスが素晴らしい等々、1960年代を風
 靡した日本語訳詞によるカバーポップスの数々が、曲の面でも詞の面でも、
 現在のJ-POPに至るまでの日本音楽史の基礎を作りあげているとのこと。
  確かに「ロンフェバ」を聴いていると、「ジョニー・エンジェル」のイン
 トロがユーミン(松任谷由実)の「中央フリーウェイ」の歌い出しに似てい
 たり、「悲しきあしおと(Footsteps)」が甲斐バンドの「HERO(ヒーローに
 なる時、それは今)」に似ているなど“メロディーの空耳アワー”が結構楽し
 めます。
  湯川れい子(*5)著「熱狂の仕掛け人」を読んでいたら、漣健児ことシンコ
 ー・ミュージックの草野昌一は、甲斐バンドのマネージメントをしていたこ
 とがあるというくだりがあって、何となく「Footsteps」と「HERO」の謎が解
 けたような気がしますね。(笑)
  ちなみに草野昌一は、シンコー・ミュージックの前身・新興楽譜出版時代
 に「赤鼻のトナカイ」「サンタクロースがやってくる」などの外国曲に“新
 田宣夫”の筆名で日本語訳詞をつけたのだそうで、これらのスタンダード曲
 を広めた人物と、現代の国産クリスマスソングを担うミュージシャン夫婦が、
 カバーポップスの縁でも繋がったのが「ロンフェバ」というわけで、日本音
 楽史の輪廻を感じさせますね。

 参考文献:「漣健児と60年代ポップス」高護監修 シンコー・ミュージック
      「漣健児カバーポップスの時代」黒沢進監修 バーン・コーポレーション
      「熱狂の仕掛け人」湯川れい子著 小学館
      『PET SOUNDS Press Special Issue October 2003』(非売品)

 参考URL :「すみや」SPECIAL INTERVIEW:竹内まりや
             http://mediamax.sumiya.co.jp/interview/t.mariya2/index.asp
          「circustown.net」音人千一夜
       http://circustown.net/ct/onjin/vol_03/index.html
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 *1 山下 達郎(ヤマシタ,タツロウ)
 ミュージシャン  昭和28年 東京・池袋生まれ
  昭和47年大貫妙子らとシュガー・ベイブ結成。51年解散。ナイアガラ・トラ
  イアングル参加を経て、同年アルバム「サーカスタウン」でソロ・デビュー。
  58年発売のシングル「クリスマス・イブ」はCMに採用されるなどしてクリス
  マスの定番曲となる。

 *2 竹内 まりや(タケウチ,マリヤ)
  シンガーソングライター   昭和30年 島根県大社町生まれ
  昭和53年11月「戻っておいでよ・私の時間」でデビュー。当初、アイドル歌
 手的なプロモートをされたため、体調をくずし、「不思議なピーチパイ」な
 どのヒット曲を出しながらも活動を停止。その後、山下達郎との結婚などを
 機に、本格的なシンガー・ソングライターとして再出発。

 *3 弘田 三枝子(ヒロタ,ミエコ)
 歌手  昭和22年 東京都世田谷区生まれ
  昭和30年米軍キャンプのオーディションに合格。ティーブ釜范に師事し、36
 年14歳の時「子供ぢゃないの」でデビュー。「悲しき片思い」「バケーショ
 ン」などパンチのきいたジャズ歌手として活躍し、天才少女"ダイナマイト・
 ミコ"と呼ばれた。

 *4 草野 昌一(クサノ,ショウイチ)
 シンコー・ミュージック会長 筆名=漣 健児(サザナミ,ケンジ);新田 宣夫
 昭和6年 東京生まれ
  音楽雑誌「ミュージック・ライフ」の編集長時代、坂本九のデビュー曲「ス
 テキなタイミング」の訳詞を手がけ、以後漣健児のペンネームで「ルイジア
 ナママ」「可愛いベイビー」など、数多くのアメリカンポップスを翻訳。

 *5 湯川れい子(ユカワ,レイコ)
 音楽評論家;作詞家  昭和14年 東京都目黒区生まれ
 雑誌「スイング・ジャーナル」に投稿したのをきっかけに、女性には珍しい
 ジャズ評論家として出発。以後、DJ、司会、作詞家としても幅広く活躍。プ
 レスリーの熱烈なるファンとしても有名。また平成元年WOMEN1000を結成以来、
 毎夏「消しゴムコンサート」を開き、オノ・ヨーコ、シャーリー・マックレ
 ーンらと環境保護運動にも関わる。

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  ■ ハカマダ芸能研究所(第4回)-志ん朝を本格寄席で観たかった! -
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  古今亭志ん朝(*1)が亡くなってから、早くも2年の月日が経ちました。現在
 発売中の『東京人』12月号(11月1日発売)には「特集:志ん生・馬生・志ん
 朝―落語に生きた親子三名人」が掲載されています。同誌では、2年前にも落
 語の特集を組んでいて、2001年11月号(同年10月1日発売)では「特集:落語い
 いねぇ!」に林家こぶ平(*2)との対談「親父は親父、芸は一代」が掲載されて
 いて、今になって振り返ると、その号の発売当日が志ん朝の命日になってしま
 ったというのも、何やら因縁めいた話です。
  志ん朝の高座は、1980年代後半に安田生命ホールやイイノホールなど、いわ
 ゆるホール寄席(柳家小三治との二人会が多かったと思う)を観たっきりで、
 本格的な寄席で志ん朝を観る機会は、とうとう逃してしまったのが悔やまれま
 す。
 さて、三回忌を過ぎた頃から、急に晩年の志ん朝について知りたくなり、「W
 ebWHO」で検索してみたところ、2人の人物がヒットしたので、それぞれ
 の著書をさっそく読んでみました。

       キーワード [古今亭志ん朝 志ん朝] いずれかを含む
           AND  [現存者] 

  一人は志ん朝の実姉・美濃部美津子(*3)で、昨年の一周忌の頃に出版された
「三人噺―志ん生・馬生・志ん朝」では、父・志ん生、弟・(金原亭)馬生、志ん
 朝についての想い出話を語っており、独特の江戸弁・下町言葉の口調の書き起
 こした文体が、美濃部家の雰囲気をよく伝えています。
  もう一人は、今夏まで寄席芸能情報誌『東京かわら版』の編集長を務めてい
 た演芸研究家の大友浩で、最新刊「花は志ん朝」では、志ん朝の芸風を“フラ
 ジャイル=割れもの、壊れやすいものの意”という新たな視点で論じており、
 1978年に起こった落語協会の分裂騒動が、その後の志ん朝を方向付けたと推察
 している点が興味深いところです。
  また、上記二冊と同時に購入した小林信彦の「名人―志ん生、そして志ん朝」
 で触れている、晩年に名古屋の大須演芸場で開催していた「志ん朝三夜連続独
 演会」の様子を読むにつけ、本格的な寄席で志ん朝を観たかったと思うことし
 きりです。
  高座の噺は一回きりのもので、録音や本に記録を残さないという信念の持ち
 主だったらしいのですが、唯一録音を許されたソニー・ミュージックエンタテ
 インメントの京須偕充(*6)が、残された音源を基に編纂した「志ん朝の落語」
 (全6巻ちくま文庫)が、今秋から刊行開始されています。
  叶わなかった夢を、残されたCD音源を聴きながら、筆記本の活字を追ってみ
 ることにしたいと思っています。
                                 (袴)
     参考文献:『東京人』2001年11月号「特集:落語いいねぇ!」
                   『東京人』2003年12月号「特集:志ん生・馬生・志ん朝」
                   「三人噺―志ん生・馬生・志ん朝」美濃部美津子著 扶桑社
          「花は志ん朝」大友浩著 ぴあ
          「名人―志ん生、そして志ん朝」小林信彦著 朝日新聞社
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*1 古今亭 志ん朝(ココンテイ,シンチョウ)
 落語家
 昭和13年 東京・駒込生まれ
 昭和32年父である5代目古今亭志ん生に入門し、朝太の名で初高座。37年24歳
 という異例の早さで真打ちになり、2代目志ん朝を襲名。平成13年10月1日没。

*2 林家 こぶ平(ハヤシヤ,コブヘイ)
 落語家
 昭和37年 東京・根岸生まれ
 祖父が七代目林家正蔵、父が林家三平という親子三代の落語家。昭和56年5月
  二ツ目を経て、62年5月真打ちに昇進。

*3 美濃部 美津子(ミノベ,ミツコ)
 大正13年 東京生まれ
  5代目古今亭志ん生の長女として生まれる。貯金局勤務を経て、昭和29年ニッ
 ポン放送に勤務。

*4 大友 浩(オオトモ,ヒロシ)
 演芸研究家
 昭和33年 東京・深川生まれ
 数種の雑誌、新聞の編集を経て、平成3年から寄席芸能情報誌「東京かわら版」
 編集長。15年8月からフリーの演芸研究家・文筆家。

*5 小林 信彦(コバヤシ,ノブヒコ)
 作家
 昭和7年 東京・東日本橋生まれ
 昭和34年から「ヒッチコック・マガジン」の編集に当たる。39年初の長編小説
 「虚栄の市」を発表。その後「紳士同盟」「オヨヨ大統領シリーズ」「唐獅子
 シリーズ」などがベストセラーになる。

*6 京須 偕充(キョウス,トモミツ)
 レコーディングプロデューサー
 CBSソニー第1AV事業部制作3部課長、A&R第5部次長を経て、ソニー・ミュー
 ジックエンタテインメント・チーフプロデュサー。

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  ■ ハカマダ芸能研究所 -奄美大島は芸能の宝庫-元ちとせライブへ
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  CDやプロモーションビデオだけでは飽き足らず、ライブコンサートで生
  の歌声を聴いて、ますますハマってしまったというアーティストが何人か
  いて、そのうちの一人が、元ちとせ(*1)です。

  デビューアルバム「ハイヌミカゼ」が注目されていた頃、「オーガスタキ
  ャンプ2002」(千葉マリンスタジアム)という夏の野外イベントで、
  生の歌声を聴いたのが最初でしたが、“百年に一人の美声”という触れ込
  みに嘘偽りはなく、これは是非ホールでのライブも聴かなくては、と思い
  続けて早一年。ようやく先月末に初の全国単独ライブ「コンサートツアー
  2003“はじめまして”」の、東京最終公演(NHKホール)を観てき
  ました。

  アルバム収録曲の数々もさることながら、某・自動車メーカーのCM曲
  「虹の彼方に」や、三線弾き語りによる奄美の島唄まで、どの曲を歌って
  も見事な“元ちとせ節”になっていくのには驚かされました。持ち歌もま
  だ少ないので、2時間未満でライブは終わるかと思っていましたが、アン
  コール込みでたっぷり2時間半、最後は満場のスタンディングオベーショ
  ンでした。

  さて、そんな彼女の音楽的素養と切り離せないのは、生まれ故郷の奄美大
  島ではないでしょうか。沖縄本島の約3分の1の面積に人口は73,90
  3人(平成12年国勢調査)ですが、本人の公式ホームページによると、
  “通っていた小学校は全校生徒4人で、全員親戚。1人で入学式、1人で
  卒業式。”だったそうで、ご多分に洩れず、過疎に直面する島の1つのよ
  うです。

  それでは彼女以外に、奄美大島でどのような人が生まれ育ったのだろうと
  思い、「WebWHO」で検索。
     - キーワード [奄美大島] 必ず含む
     - [現存者]にチェック
     - [日本人]にチェック
                  ⇒98件ヒットしました。

  出身歌手も意外に多く、我那覇美奈(*2)、元・VOX-IV(ボックスフォー) の
  K-CO(*3)など。一番驚いたのは沖縄出身だと思い込んでいた、現・篠山紀
  信夫人の南沙織(*4)も奄美大島だったとは、思わず「へえ~っ」((c)トリ
  ビアの泉)でした。                      (袴)

          参考URL:http://www.office-augusta.com/hajime/#
              http://www3.ocn.ne.jp/~amami21/shima.html
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*1 元 ちとせ(ハジメ,チトセ)
 歌手
 昭和54年生まれ
 鹿児島県・奄美大島南部の集落に生まれ、幼い頃から島唄や三線(さんしん)
 に親しむ。その後島唄を歌う唄者(うたしゃ)として島内の祭りなどで人気に。
 県内の民謡コンクールで優勝し、奄美群島内だけでCDやテープを発売。平成
 9年地元の県立高校を卒業後美容師を目指すが、再び歌の道へ。13年ミニアル
 バム「元ちとせ Hajime Chitose」をリリース。14年メジャーデビューシングル
 「ワダツミの木」が80万枚を超える大ヒットを記録。デビューアルバム「ハイ
 ヌミカゼ」もオリコンチャート1位を獲得。

*2 我那覇 美奈(ガナハ,ミナ)
 歌手
 昭和56年 鹿児島県・奄美大島生まれ
 平成2年小学生のレディースバンドを結成し、ティーンズミュージックフェス
 ティバルに出場。10年2月「桜のころ」でCDデビュー。東京総合信用のCMで
 話題になる。同年11月には3rdシングル「TEARS~時間の中で」のプロモーショ
 ンのために、原宿・渋谷でミニFM局を数局開局、音楽業界では初の2億円を
 かけたストリートプロモーションを行った。

*3 K-CO(ケーコ)
 歌手
 鹿児島県・奄美大島生まれ
 平成5年上京。鹿児島県・奄美大島出身者のアカペラグループ・YanagiyaVの
 メンバーとして活動し、テレビの歌番組「青春のポップス」や「THE夜もヒッ
 パレ」などに出演。10年グループ名をVOX-IVに改名。アルバム「Peace ×××」
 シングル「Keep The Faith」「Cruisin'」「MyLove To You」などをリリース。
 13年グループ解散後はソロ歌手として活動。

*4 南 沙織(ミナミ,サオリ)
 歌手
 昭和29年 鹿児島県奄美大島生まれ
 父親はフィリピン人の建築技師、母親は日本人で、3歳のとき沖縄へ移る。
 琉球放送「100万人の大合戦」のアシスタント時代にスカウトされ、昭和
 46年「17才」で歌手デビュー。小麦色の肌、長い黒髪、愛らしい瞳と南国
 育ちの清純な健康美でファンの心をつかみ、3ケ月で40万枚を売る大ヒット。
 小柳ルミ子、天地真理と"三人娘"と呼ばれた。

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  ■ ハカマダ芸能研究所【第2回 スター・ウォーズ・キッズたちは今...】
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 【People of Star Wars スター・ウォーズな人々】

  関東地方は冷夏に終わってしまいましたが、夏季休暇には猛暑の京都まで
 「アート オブ スター・ウォーズ展」(~8/31:京都国立博物館 秋以降に
 各地を巡回予定)を観に行ってきました。国立の施設が、このようなポップ
 カルチャーを扱うのは珍しいことで、都立の美術館ではジブリ作品などを積
 極的に取り上げていますが、筆者の記憶の範囲では、東京・竹橋の国立近代
 美術館で「手塚治虫展」が開催されたぐらいではないでしょうか?
  今回の展示は、大のスター・ウォーズファンである同博物館の研究センタ
 ー長(*1)が企画したそうです。
  ちなみに、博物館に隣接しているのが、かの有名な三十三間堂なのですが、
 京都観光に訪れていた人々は、もの珍しそうに「スター・ウォーズ展」の看
 板前で記念撮影をしていました(笑)。

  さて、映画「スター・ウォーズ」が公開されたのは1977年のこと。日本映
 画では「幸福の黄色いハンカチ」(山田洋次監督)や「八甲田山」(森谷司
 郎監督)といった作品が公開されていた頃で、特撮ものいえば、円谷プロ・
 ウルトラシリーズ、東宝・ゴジラシリーズ、東映・仮面ライダーシリーズな
 どの子供向け作品が主流だった当時、最新の特撮技術を駆使した映像に圧倒
 された人は、例の研究センター長ならずとも大勢いたに違いありません。

  それから四半世紀余り経ち、当時のスター・ウォーズ・キッズたちは今...
 というわけで、「Web WHO」で検索してみました。

  STEP(1)キーワードは [スターウォーズ starwars] と入力
  STEP(2)この二つのキーワードの[いずれかを含む]を選ぶ
  STEP(3)さらに [日本人]を指定するチェックボックスをチェック

  スターウォーズ研究家、スター・ウォーズ伝道師(?)、スター・ウォーズ
 に影響を受けたテクニカルライター、特殊メイクアップ・アーティストなど
 色々な人が出てきますが、映画ファン以外の間でも有名なのは、数年前に某
 ビール会社のCMに出演していた、特撮用の背景画を描くマット・アーティ
 ストの上杉裕世(*2)ではないでしょうか?前述の「スター・ウォーズ展」に
 も彼のマット画(実物)が展示されていましたが、繊細な描き込みはまさに
 アート!スター・ウォーズの遺伝子がしっかり継承されていることが感じら
 れました。

                参考URL: http://www.starwarsmuseum.jp/
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*1 狩野 博幸(カノ,ヒロユキ)
 京都国立博物館京都文化資料研究センター長
 昭和22年 福岡県生まれ
 九州大学大学院美術史学科修士課程修了
 帝塚山大学助教授を経て、京都国立博物館に勤務。学芸課美術室長ののち、
 京都文化資料研究センター長。平成15年米人気SF映画「スター・ウォーズ」
 の展覧会を企画し、話題となる。

*2 上杉 裕世(ウエスギ,ユウセイ)
 マット・アーティスト
 昭和39年 広島県生まれ
 武蔵野美術大学油絵画科卒
 平成元年SFX(特撮)専門の映像制作工房ILMに入り、「インディ・ジョーンズ
 最後の聖戦」「ゴーストバスターズ2」などの大作のマット画を手がける。
 他の作品に「ジュラシックパーク」「マスク」「スターウォーズ/エピソード
 1」などがある
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                                (袴)

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  ■ ハカマダ芸能研究所(第1回/24時間テレビの巻)
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「高校野球」と並んで、“夏の風物詩”として定着した感のある、チャ
リティ特番「24時間テレビ」ですが、今年で何と26回目を迎えるそ
うです。

「24時間テレビ」といえば、欽ちゃんのイメージが強かったのですが、
長寿番組の歴史を振り返ってみると、26回中一番出演しているのは、
下のグラフからもわかる通り、開始当初は日本テレビのアナウンサーだ
った徳光和夫(*1)が25回とダントツなのです。(第2回はチャリティ
ーパーソナリティとして出演、総合司会は第3回から)

今年の夏は“阪神優勝”のカウントダウンと時期が重なっているので、
徳さんは、例年にも増して涙もろくなっていることでしょう。(^^;)

そういえば、去年100キロマラソンを完走した西村知美(*2)が、8月
2日に出産しましたね。来週11日に日本テレビ系「スーパーテレビ」
(21:00~)で、出産奮闘記を放映予定だそうです。

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           「24時間テレビ」出演回数ベスト5
----------------------------------------------------------------
1位:徳光和夫    *************************(25回)
2位:萩本欽一    *******(7回)
3位:アグネス・チャン ******(6回)
4位:楠田枝里子   ****(4回)
4位:間寛平     ****(4回 うち3回はランナー)

                     ※参考URL:http://www.ntv.co.jp/24h/history/
----------------------------------------------------------------
*1 徳光 和夫(トクミツ,カズオ)
 アナウンサー
 昭和16年3月10日 東京都豊島区椎名町生まれ
 立教大学文学部〔昭和38年〕卒
 昭和38年日本テレビに入社。"ニュースを読めば冗談に聞える"アナウ
 ンサーとして知られ、主にスポーツ、芸能番組の司会を担当する。53
 年から「ズームイン!!朝!」の主役アナウンサーに。63年からニュース
 番組「プラス1」のキャスターをつとめる。平成元年独立してフリーに。
 以後、人気司会者として「中畑クンと徳光クン」「徳光のTVコロンブ
 ス」「クイズダービー」「サウンドアリーナ」「THE・サンデー」「世
 界ウルルン滞在記」「徳光和夫の情報スピリッツ」「めっけMON!」「速
 報!歌の大辞テン!!」「モー。たいへんでした」などに出演。日本テレ
 ビのチャリティー番組「24時間テレビ」の総合司会は第3回から毎年担
 当する。大の巨人ファンとしても有名。

*2 西村 知美(ニシムラ,トモミ)
 タレント
 昭和45年12月17日生 山口県宇部市生まれ
 堀越学園高〔平成1年〕卒
 昭和60年雑誌「MOMOCO」が催した第1回ミス・モモコ・グランプリ大会
 で優勝。スカウト戦の末、東芝EMIの所属となった。61年「夢色のメッ
 セージ」で歌手デビュー。同年映画「ドン松五郎の生活」に主演。平成
 14年日本テレビ「24時間テレビ」で100キロマラソンを完走。他の出演
 作に映画「夜逃げ屋本舗」「爆(BAKU)」、舞台「イエロウ・ブリック・
 ロード」、テレビ「ノンちゃんの夢」「裸の大将」「水戸黄門」、バラ
 エティー番組「さんまのスーパーからくりTV」など。平成9年9月元CHA
 CHAの西尾拓美と結婚。10年夫と共著で「ラブラブ知美の新婚料理日記」
 を出版。

                              (袴)

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