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【2】話題のカタマリ(第81回)         ― バラエティ番組の映画化
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フジテレビ系で18年続いている(放映時間帯の違った前番組も含む)長寿番組
「はやく起きた朝は…」が“映画化”されるという。
公式ホームページ(http://www.hayaasa-movie.jp/)でもまだ「映画化される」
ことを伝えているだけだが、出演者の磯野貴理、森尾由美、松居直美が毎年恒
例にしている舞台公演が15回目を迎えたのを記念して、コント、トーク、歌謡
ショーから成る「オンステージ」の模様を中心とした構成になるようだ。

舞台公演が池袋サンシャイン劇場のみに対して、映画版「オンステージ」は各
地のシネコンで上映される予定だ。つまり、昨年末の当連載で触れた「シネマ
落語」や「シネマ歌舞伎」のような、映画館でみんなと観る作品のラインナッ
プとして、バラエティ・ショーが加わったのだと思う。

昨年から1年間続いた「午前十時の映画祭」(http://asa10.eiga.com/)は、
ふだん映画館には来なかった中高年層に好評を得て、今年は上映館を拡大して
第2回を開催中だ。「はやく起きた朝は…」の映画化も、新たなユーザー層の
掘り起こしができるだろうか?

ところで、「はやく起きた朝は…」の3人(森の磯松)は、今のところ番組以外
で一緒の場面を観ることは少ないが、行く末は岸田今日子、吉行和子、冨士真
奈美のように、旅グルメ番組の常連メンバーになるような気がする。


◎ 磯野貴理(タレント)
    昭和39年三重県生まれ
高校卒業後、3年間銀行に勤めたのち、渡辺正行主宰の劇団7曜日のオーディ
ションに合格。一緒に受かったメンバーで女性お笑いグループ・チャイルズ
を結成し、昭和62年フジテレビ系昼の帯番組「笑っていいとも!」にレギュ
ラー出演。チャイルズ解散後は本名の磯野貴理子を芸名にしてソロで活動を
開始。バラエティー番組「伊東家の食卓」「行列のできる法律相談所」など
に出演する他、「走らんか」などのドラマにも出演。

◎ 森尾由美(タレント;女優)
昭和41年東京都生まれ
中学3年のときにスカウトされ、昭和57年「少年マガジン」の表紙を飾る。
テレビドラマ「ねらわれた学園」「だから青春-泣き虫甲子園」に出演。58
年レコード・デビュー。60年映画「それから」に出演。平成11年より昼の
ドラマ「大好き!五つ子」シリーズに主演。

◎ 松居直美(タレント)
昭和43年茨城県生まれ
中学2年のときに「スターに挑戦」でスカウトされ、昭和57年歌手デビュー。
その後「欽ドン!」に出演、「良い子悪い子普通の子」の普通のOL役で人気
を得る。以後、テレビ「街かどテレビ11:00」「歌謡びんびんハウス」など
で司会を務める他、ものまね番組やトーク番組で活躍。

(WHOPLUSより)

(袴田)

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【2】話題のカタマリ(第80回)          ― 旬の人を“科学”する
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日テレ系の『所さんの目がテン!』は、日曜の朝に放映されていた頃はよく観
ていたのだが、土曜の夕方になってからはご無沙汰になってしまった番組だ。
昨年末のクリスマスに放映されていた回を久しぶりに観たのだが、「2010年に
ブレイクした人に科学で迫る」という企画は、なかなか興味深い内容だった。

実験台になった1人目はWコロンの ねづっちだった。なぞかけのお題を出して
から“整う”までの時間を計測すると平均で約3秒だが、騒音の中でお題を出
しても“整う”までの時間に影響がなく、エロ画像を見せながらや、ビルの
屋上からうつ伏せで下界を見下ろした状態でお題を出すと、“整う”まで13秒
もかかってしまうという結果が出た。

一方、なぞかけを“整えている状態”の脳の活動を一般人と ねづっちで比較
すると、一般人が左脳(言語情報を処理する側)だけが活発になるのに対して、
ねづっちは左脳と右脳(画像情報を処理する側)が同時に活発になるという
特異性があった。
だから視覚情報で強い刺激を与えていると、ねづっちの右脳処理は邪魔されて
しまい、“整う”までの時間が遅くなるということだった。

さて、実験台の2人目は今をときめく戦場カメラマン・渡部陽一だった。渡部
氏がどれぐらいゆっくり喋っているかを、同じ歌詞の朗読時間で比較すると、
一般人の平均が1分程度なのに対して、渡部氏は2分半もかかるという結果。

言葉が通じない外国で単語を正確に伝えるために、ゆっくり喋っているという
本人の弁を確かめるため、泣ける話を一般人と渡部氏に朗読してもらい、それ
を聴いた人が泣くかどうか実験をしたところ、一般人の朗読では70%の人が、
渡部氏の朗読では10%の人が泣くという結果が出た。渡部氏の喋るスピードでは、
聞き手の感情の高まりが続かないので泣けないのだそうだ。
ところが、聴いた物語の内容を覚えているかという質問に対しては、一般人の
よりも渡部氏の朗読の方が得点が高かった。

2月には朗読CD「渡部陽一の世界名作童話劇場 日本篇」が出るそうなので、
これまでのバラエティ畑中心から、朗読畑へと新たな活動域を広げるのだろう。

◎ ねづっち(タレント)
コンビ名=Wコロン
昭和50年東京生まれ
平成16年木曽さんちゅうと漫才コンビ・Wコロンを結成。ボケを担当。漫才協
会に所属し、東京・浅草の寄席を拠点に活動。なぞかけを得意とし、どんな
お題にも即興でネタをまとめ、用意が整うと「整いました」と掛け声を上げ、
ネタを披露するというスタイルの漫才で注目を集める。

◎ 渡部陽一(戦場カメラマン;フォトジャーナリスト)
学生時代から戦場ジャーナリストとして世界の紛争地域を専門に活動し、ザ
イール内戦、ルワンダ内戦、コソボ内戦、チェチェン紛争、ソマリア内戦、
アフガニスタン紛争、パレスチナ紛争などを取材。イラク戦争では日本人初
の米軍従軍(EMBED)取材を経験した。
(WHOPLUSより)

(袴田)

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【2】話題のカタマリ(第79回)         ― シネマ落語はお得な試み
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“エビ小僧の不祥事”で揺れる松竹だが、その騒動の陰でユニークな試みを始
めたので、公開初日を観に行ってみた。

TBSとの共同プロジェクト・シネマ落語「落語研究会 昭和の名人」である。
http://www.shochiku.co.jp/movie/cinemarakugo/

松竹では2005年から歌舞伎公演を記録した映像をスクリーン公開する「シネマ
歌舞伎」で好評を博しているが、本プロジェクトはそれの落語版といったとこ
ろだ。

今回の公開演目は、TBSが主催する「落語研究会」の記録映像から

・桂文楽「明烏」(1968年)
・古今亭志ん朝「抜け雀」(1972年)
・金原亭馬生「親子酒」(1978年)
・三遊亭圓生「掛取万歳」(1973年)

の4席を、当日券2000円で鑑賞できるというものであった。

桂文楽「明烏」の“伝説の甘納豆の仕草”は、初めて映像で観た。何よりも
会場で一緒に笑うのがイイ。

同記録映像は、すでに各演者ごとのDVD-BOXに収録されて、発売されているも
のだが、全てのDVD-BOXを買ったら20万円を超えるような代物なので、今回の
ようなリーズナブルな試みはありがたい。

愛宕山のNHK放送博物館で時おり上映されている落語映像も、ぜひDVD化して
  全国でスクリーン公開をしてほしいものだ。

◎ 桂文楽(8代目)(落語家)
明治25年青森生まれ 昭和46年没
税務官員であった父の任地・青森県五所川原で生まれるが、父の転勤にとも
ない上京。明治35年父の病死により小学校を3年で中退し、横浜の薄荷問屋・
多勢屋に奉公に出たが、しばらくして飛び出し奉公先を変えた。41年義父の
紹介で初代桂小南の門に入り、桂小莚を名のる。一方で立花家左近(3代目三
遊亭円馬)に厳しく稽古をつけてもらい、落語家としての力量を磨いた。43
年二ツ目。師・小南が東京の落語界から去ると、講談師の小金井芦洲率いる
一座の地方巡業に参加。大正5年帰京して7代目翁家さん馬(8代目桂文治)に
入門し、翁家さん生に改名。6年落語睦会に属して5代目柳亭左楽の門に転じ、
翁家馬之助で真打ちに昇進。9年桂文楽を襲名。昭和13年落語協会に参加。
得意の演目数は多くなかったが、緻密にして正確な語り口は至芸といわれ、
5代目古今亭志ん生、6代目三遊亭円生らと並び"昭和の名人"と称された。

◎ 古今亭志ん朝(3代目)(落語家)
昭和13年東京生まれ 平成13年没
5代目古今亭志ん生の二男で、兄は10代目金原亭馬生。
独協学園高卒業後の昭和32年、父に入門し、古今亭朝太の名で初高座。7代
目林家正蔵(林家彦六)らにも稽古をつけてもらい、34年朝太のまま二ツ目と
なる。37年24歳という異例の早さで真打ちになり、3代目古今亭志ん朝を襲
名。46年芸術選奨文部大臣新人賞を受賞。一方、テレビタレント、俳優とし
ても活動し親しまれた。40歳以降は寄席や落語会への出演の比重を増やし、
昭和後期から平成を代表する落語家となる。

◎ 金原亭馬生(10代目)(落語家)
昭和3年東京生まれ 昭和57年没
5代目古今亭志ん生の長男で、弟は3代目古今亭志ん朝。戦時中は少年飛行隊
を目指すが、体調を崩したため断念して落語家志望に転じ、昭和18年父に入
門、むかし家今松を名のる。戦争による若手落語家不足のため二ツ目から出
発した。19年初代古今亭志ん朝に改名、22年父が帰国し、むかし家今松に芸
名を戻すが、同年5代目古今亭志ん橋に改めて真打ちに昇進。24年10代目金原
亭馬生を襲名。また、高座を降りれば画や書、俳句をたしなむなど日本風の
風格のある生活を送った。

◎ 三遊亭円生(6代目)(落語家)
明治33年大阪生まれ 昭和54年没
    幼い頃に父と別れ、義母に連れられて上京。4代目橘家円蔵一門となり、5歳
の時に子供義太夫・豊竹豆仮名大夫の名で寄席に出演。9歳で噺家に転向して
橘家円童と名のる。義母がのちの5代目三遊亭円生と再婚。小円蔵を経て、
大正9年円好で真打ちに昇進。11年円窓、15年6代目円蔵となり、義父の死後
の昭和16年、6代目三遊亭円生を襲名。20年5代目古今亭志ん生と満州に慰問
興業に赴いて敗戦を迎え、22年帰国。34年以降芸術祭賞を初め数々の賞を受
賞。40~47年落語協会会長を務めたが、53年後任の会長である5代目柳家小さ
んらの大量真打ちや昇進試験という方針に反対して、一門を率いて落語協会
を脱退、落語三遊協会を設立。
(WHOPLUSより)

(袴田)

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【2】話題のカタマリ(第78回)         ― 「失われた10年」の末裔
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11月14日(日)にテレビ東京系で放映された「久米宏・経済スペシャル 新ニッ
ポン人の食卓」を観た。
http://www.tv-tokyo.co.jp/contents/newtitle/71169.html

この企画の元ネタは、3月頃に久米宏のラジオ番組で紹介された、
「家族の勝手でしょ!―写真274枚で見る食卓の喜劇」という家族調査本だ。
http://www.shinchosha.co.jp/book/305852/

現代の食事風景/食生活の実態を、食卓の写真や食事風景を描いた子どもの絵
などから探っていき、その原因を辿っていくと...。
それは、1940~1950年頃までの耐乏期に小中学生時代を過ごさざるをえなかっ
た、現在70代を迎える女性の人生と、戦後その子ども世代にあたる30~50代が
小中学生時代に経験してきた食生活の変貌によるものだった。

個食/孤食の問題とか、出来合いの惣菜やコンビニ弁当などの中食(なかしょ
く)メニューに頼っている現代人とは、食生活が「失われた10年」の末裔なの
だ。
だから、TBS系「噂の東京マガジン」の「やってTRY」コーナーでトンデモ料理を
作る人が出てきても、あれは今の食生活を過ごしていれば、当然の結果なのだと
思う。

◎ 久米宏(ニュースキャスター;司会者)
昭和19年埼玉県生まれ
昭和42年東京放送(TBS)にアナウンサーとして入社。テレビ「料理天国」「ぴっ
たしカン・カン」「ザ・ベストテン」、ラジオ「土曜ワイドラジオTOKYO」な
どを担当し、その洗練されたおしゃべりで茶の間の人気者となる。54年フリー
になってからは、「おしゃれ」「久米宏のTVスクランブル」などを担当。60年
10月より「ニュースステーション」(テレビ朝日系)のメインキャスターを務め、
平成16年3月18年半続いた同番組が終了。同年9月ニッポン放送の特別番組で現
場復帰。以後の出演にテレビ「A」「久米宏のテレビってヤツは!?」、ラジオ
「久米宏のラジオなんですけど」など。

◎ 岩村暢子(アサツーディ・ケイ200Xファミリーデザイン室長)
昭和28年北海道生まれ
アサツーディ・ケイに入社。200Xファミリーデザイン室長として食卓、家族、
主婦などをテーマに調査研究を行う。平成15年1960年以降に生まれた主婦を対
象に行った食卓調査をまとめ「変わる家族 変わる食卓」を出版。

◎ 室田洋子(聖徳大学人文学部教授)
昭和18年東京生まれ
桜美林大学、青葉学園短期大学の講師のかたわら東京都杉並区立済美教育研究
所で教育相談を行う。のち青葉学園短期大学助教授、教授を経て、聖徳大学教
授。著書に「食べない食欲のない子なぜ」など。
(WHOPLUSより)

(袴田)

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【2】話題のカタマリ(第77回)      ― サムライシネマの意外な原作者
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サッカー日本代表(サムライ・ジャパン)の前監督・岡田武史が応援団長に就
任したことでも話題になった、今年公開の時代劇映画5本の共同キャンペーン
「サムライ・シネマ」が今秋から始まった。
http://www.samurai-cinema.com/

上映作品を公開順にすると、

『十三人の刺客』(原作:池宮彰一郎 監督:三池崇史 東宝)

『桜田門外ノ変』(原作:吉村昭 監督:佐藤純彌 東映)

『雷桜』(原作:宇江佐真理 監督:廣木隆一 東宝)

『武士の家計簿』(原作:磯田道史 監督:森田芳光 アスミック・エース/松竹)

『最後の忠臣蔵』(原作:池宮彰一郎 監督:杉田成道 ワーナーブラザーズ)

となるが、1つだけ異色作がある。『武士の家計簿』だ。原作は新潮社の歴史
教養新書として大ベストセラーとなった同名書で、NHK教育テレビの講座もの
としても話題になった。

原作者の磯田道史は、TBSラジオ「安住紳一郎の日曜天国」にゲスト出演した
際に、「映画化の話は正直驚いた。しかし、古文書の内容を解説しただけの
新書を1つの物語にしていくのはすごいと思った。」と感想を述べていた。
また、「サムライ・シネマ」キャンペーンの1作に並んだことについては、
「勤めている学校(茨城大)がある県が総力を挙げて作っている『桜田門外
ノ変』と並べられるのは、おこがましい。上映時期が重なったら県民に嫌わ
れると思っていたが、時期がずれてくれた。(笑)」と安心している様子で
ある。
本作品の見どころは、他4本の「サムライ・シネマ」には無いパターンの、
“唯一の流血シーン”だそうなので、気になる方はぜひ映画館へ。


◎ 磯田道史(歴史家;文筆家;茨城大学人文学部准教授)
昭和45年岡山県生まれ
平成10~15年日本学術振興会特別研究員、国際日本文化研究センター共同研
究員。のち慶応義塾大学講師を経て、現職。13年金沢藩の御算用者(経理係)
を務めた猪山家文書を入手、中に含まれていた家計簿を研究。平成15年「武
士の家計簿」として刊行した。

◎ 池宮彰一郎(脚本家;小説家)
大正12年静岡県出身、平成19年没
昭和24年新東宝シナリオ研究生となる。三村伸太郎に師事し、26年中川信夫
監督「犬姫様」で脚本家としてデビュー。30年大映に転じ、35年東映の「旗
本退屈男 謎の南蛮太鼓」の脚本を手がけたのが会社に発覚して、東映に移る。
38年長谷川安人監督「十七人の忍者」と工藤栄一監督「十三人の刺客」がヒッ
ト。平成4年「四十七人の刺客」を発表して時代小説家としてデビュー、同作
で新田次郎文学賞を受賞、6年には市川崑監督により映画化された

◎ 吉村昭(小説家)
昭和2年東京生まれ、平成18年没
昭和25年学習院大に進み、また同人誌「赤絵」に拠り小説を書き始める。28
年大学を中退し、同人誌の仲間だった小説家の津村節子と結婚。製綿会社な
どに勤める傍ら、丹羽文雄主宰の「文学者」などに所属して小説を書き続け、
4度芥川賞候補に挙げられた。やがて戦記小説から歴史小説の執筆に進み、
フィクションを極力廃して誠実に史実を追うというスタイルで、独自の歴史
小説を構築した。

◎ 宇江佐真理(小説家)
昭和24年北海道生まれ
高校時代から創作を始め、「高一コース」の小説応募を皮切りに、時代小説
大賞などで最終選考まで残る。著書に「幻の声─髪結い伊三次捕物余話」
「紫紺のつばめ」「深川恋物語」「寂しい写楽」など。

(WHOPLUSより)

(袴田)

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【2】話題のカタマリ(第76回)     ― 上野不忍で追悼の「ガチョーン」
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9月の3連休に上野水上音楽堂で開催された「第3回 したまちコメディ映画祭 in
台東」の最終日イベント「クレージー・キャッツ・リスペクトライブ」と、同
映画祭の「閉会式」を観てきた。

今回の映画祭では「クレージー・キャッツ」の出演映画の上映会も行われたが、
リスペクトライブは、クレージーの音楽に影響を受けたミュージシャン達が集
うオムニバスイベントで、ご当地バンドの浅草ジンタ、「スーダラ節」をカバー
しているインストバンドのSAKE ROCK、谷啓のギャグ「あんた誰?」をヒップ
ホップ化したスチャダラパー、クレージーマニア界の長老・ムーンライダーズ
の鈴木慶一らが、それぞれの演奏スタイルでカバー曲を披露した。

また、各バンドがセットチェンジする幕間には、クレージー・キャッツ結成10
周年記念イベント(1965年)で収録された未公開映像も流された。テレビでは
絶対に放映できない危ないネタに会場は大爆笑だった。こういう毒っ気が足り
ないのだ、今のお笑いには。

さて、この閉会式ではコメディ栄誉賞を授与する慣わしになっており、今回の
受賞者は谷啓に決まっていた。この会場に来て生「ガチョーン」をするはず?
だったのだ。
ラストは出演者と観客とで「スーダラ節」を大合唱し、プレス向けの記念撮影
では追悼の「ガチョーン」が上野の森に響いたのだった。

授賞式直前の、鈴木慶一によるリスペクトライブの時、それまでは快晴だった
水上音楽堂の上に、ちょっとだけ雨が降ったという。もしかしたら、谷さんが
陽気なライブを覗きに来たのかもしれない。

◎ 和尚(ミュージシャン)
グループ名=浅草ジンタ
平成7年バンド・デスマーチ艦隊を結成、9年アルバム「魂のしわざか」でメ
ジャーデビュー。11年テンタクルーズ交競楽団と合併してマッハマーチジャ
ポニカとして活動を開始、16年落語家・三遊亭小遊三の命名によりバンド名
を浅草ジンタとする。

◎ 星野源(俳優)
バンド名=SAKE ROCK
昭和56年埼玉県出身
主な出演にドラマ「ウォーターボーイズ」、映画「新しい予感」「69」、舞
台「ニンゲン御破算」「お伽GOLD」など。バンド・SAKE ROCK(サケロック)
にも参加。

◎ BOSE(ミュージシャン)
グループ名=スチャダラパー
昭和44年岡山県出身
昭和63年ANI、SHINCOとともにラップグループ・スチャダラパーを結成。MCを
担当。平成2年アルバム「タワーリング・ナンセンス」でメジャーデビュー。
新世代ラッパーとしてヒップ・ホップ好きの少年少女の絶対的支持を得る。

◎ 鈴木慶一(ミュージシャン;音楽プロデューサー)
グループ名=MOONRIDERS
昭和26年東京生まれ
昭和45年母を介してあがた森魚と出会い、5月あがたのバックで初めて舞台に
立つ。やがてバックバンドを母体に、渡辺勝や武川雅寛、かしぶち哲郎らが
加わり、はちみつぱいへと発展。50年バンドを発展的解消させムーンライダー
ズを結成、その先鋭的な活動により日本の音楽シーンに大きな影響を与え、
今日まで現役最長寿バンドとして活躍を続ける。

◎ 谷啓(俳優;トロンボーン奏者)
昭和7年東京生まれ、平成22年没
中央大学経済学部に入学後、バンドを組んで進駐軍のキャンプをまわり、在
学中の昭和27年、原信夫とシャープス・アンド・フラッツに入団。米国のコ
メディアンのダニー・ケイをもじった谷啓を芸名とした。フランキー堺とシ
ティ・スリッカーズに転じたが、ギタリストの植木等と脱退を決意、前後し
てハナ肇率いるキューバン・キャッツ(クレージー・キャッツの前身)に移
籍した。音楽とギャグが同居したナンセンスでスピード感のある笑いは、日
本人の笑いに革命をもたらした。
(WHOPLUSより)

(袴田)

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【2】話題のカタマリ(第75回)         ― 元祖パイソニアンが逝く
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映画評論家の今野雄二が亡くなった。評論家としては淀川長治や水野晴郎ほど
の知名度はなかったが、かつては日テレ「11PM」で、近年ではTBSラジオ「森本
毅郎・スタンバイ!」や、雑誌「ミュ-ジックマガジン」で映画紹介者として
活躍していた。

しかし、1976年頃に中学生~大学生だった世代にとって、今野は東京12チャン
ネル(現・テレビ東京)が放映していた「モンティ・パイソン」日本語版のコ
ント解説者というイメージが強い。
1時間番組のうち、前半はイギリスBBC制作の「モンティ・パイソン」の吹き替
え版(アテレコ担当は広川太一郎、山田康雄、納谷悟郎などの豪華メンバー)
を流して、後半に今野、前田美波里、秋川リサなどがコメンテーター役で出て
きて、イギリスの文化的背景などで意味が判りにくいコントについて、今野が
解説を加えていた。
番組タイトルの「モンティ」がイギリスのモントゴメリー将軍のことで、俗語
で「オカマ」の意味もあるという解説もしていたらしいが、それは覚えていな
い。しかし日本語版のキャッチフレーズで「オカマの恐竜モンティ・パイソン」
と呼んでいたのは鮮明に覚えている。

「モンティ・パイソン」好きの人を、今でこそ“パイソニアン”と呼ぶのだが、
今野こそが日本で最初の元祖パイソニアンなのだ。

「モンティ・パイソン」というコメディ集団が結成されて40年になるが、いと
うせいこう総合プロデュースによる「したまちコメディ映画祭 in 台東」では、
昨年好評だったイベント「祝!モンティ・パイソン結成40周年!!空飛ぶBBC帝国」
http://www.shitacome.jp/2009/program/program_montypython.shtml
に引き続き、今年は
「今年も祝!モンティ・パイソン結成40周年~それゆけモンティ・パイソン~」
http://www.shitacome.jp/2010/program/program_montypython.shtml
を開催する。

また、松尾貴史をメイン司会とした40周年記念ファンイベント「日本モンティ
パイソン宣言」も開催されるので注目だ。
http://www.cubeinc.co.jp/stage/info/monpai.html

こういうイベントに、今野をリスペクトして毎回招待していたら、このたびの
ような悲報にはならなかったのかもしれないと、今さらながら悔やまれる。


◎ 今野雄二(映画評論家)
昭和18年北海道生まれ、平成22年没
平凡出版(現・マガジンハウス)に入り、「平凡パンチ」「anan」編集部を
経て、評論家として独立。テレビの深夜番組「11PM」で映画紹介を担当す
るなど、新しい映画や音楽を日本に紹介。昭和59年にはベストドレッサー
に選ばれた。

◎ いとうせいこう(クリエーター;小説家;タレント)
昭和36年東京都生まれ
講談社に入社し、「ホットドッグプレス」編集部に所属。昭和61年講談社
を退社し、エムパイヤ・スネーク・ビルディングを設立、プロデューサー、
作詞家、タレントとして幅広く活躍。ギャグ・ユニット「ラジカル・ガジ
ベリビンバ・システム」に参加。

◎ 松尾貴史(俳優;タレント)
昭和35年兵庫県生まれ
放送局に送ったテープがきっかけとなり“100人の物マネをこなすお笑い
タレント”として“キッチュ”の芸名で芸能界デビュー。昭和60年LP
「ラジオ・キッチュ」を発売。以来、大阪を中心に舞台やCMナレーショ
ン、司会などで人気に。61年中島らも主宰の劇団リリパット・アーミーの
旗揚げに参加。平成元年東京に拠点を移し、松尾貴史と改名。

(WHOPLUSより)

(袴田)

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【2】話題のカタマリ(第74回)             ― 泣きメロの系譜
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「日経MJ」は6月16日に「2010年上期ヒット商品番付」を発表した。

【横綱】東:該当なし 西:3D
【大関】東:スマートフォン 西:竜馬
【関脇】東:iPad(アップル) 西:LED電球
【小結】東:東京スカイツリー 西:ラー油

...といった具合だ。

音楽関係では【前頭】東:坂本冬美 に対して 西:AKB48 と「トイレの神様」
(植村花菜)が挙げられていた。(その他、話題賞には岡本真夜というのもあっ
た。)調査対象期間がもう少し遅ければ、「トイレの神様」のランキングはかな
り上がったのではないだろうか?今月に入ってフジテレビ系「ミュージックフェ
ア」とTBS系「情熱大陸」に出演したからだ。

当メルマガを読まれている皆さまに、今さら説明することもないと思うが、植村
花菜の「トイレの神様」という曲は、フルコーラスで9分52秒と長いのだが、今
年の1月に大阪のFM曲でオンエアされたのを皮切りに、実の祖母との思い出が綴
られた歌詞に「号泣した」「染みた」などのリスナー体験が口コミで広がり、
「最も泣ける歌」と言われるまでになったのだ。

この曲がTVワイドショーで紹介された時、名前は伏せるが、某ヅラキャスターは
「この曲の中には“テネシーワルツ”が入っている」と言ったそうだが、「テネ
シーワルツ」こそが、植村と祖母とよく聴いていた曲で、インディーズ時代に発
表したアルバム「花菜」でカバーしているほどだ。祖母の葬式の時には、このカ
バー曲を流したという。

植村が聴いていた「テネシーワルツ」は、誰が歌っていたバージョンなのかは知
る由もないが、亡き祖母の年代からすると江利チエミあたりだろうか?この曲の
ゆったりとしたリズムとメロディラインが「トイレの神様」のそれにも引き継が
れ、涙腺のツボを刺激するのだと思う。

同様のツボがある曲に、竹内まりやの「人生の扉」(アルバム「Denim」所収)
がある。「トイレの神様」のメロディを脳内ローテーションしていると、いつの
間にか「人生の扉」になってしまうので、ぜひ聴き比べてみてほしい


◎ 植村花菜(シンガー・ソングライター)
    昭和58年兵庫県出身
映画「サウンド・オブ・ミュージック」に感動し歌手を志す。19歳の時から
大阪の心斎橋で弾き語りの路上ライブを始め、平成14年ストリート・ミュー
ジシャン・オーディションでグランプリを獲得。16年シングル「花菜」でデ
ビュー。22年亡き祖母との思い出を歌った9分52秒の楽曲「トイレの神様」が
“誰もが泣ける歌”と口コミで人気が広がる。

◎ 江利チエミ(歌手;女優)
昭和12年東京生まれ 昭和57年没
バンドマンと軽演劇女優を両親に東京・浅草で生まれ、12歳ころから米軍
キャンプを回ってショーに出演。昭和26年キングレコード専属となり、27年
ジャズ歌手として「テネシー・ワルツ」でデビュー。以後「カム・オン・ナ・
マイ・ハウス」など次々とヒットを飛ばし、相前後して歌謡界入りした美空
ひばり、雪村いづみとともに“三人娘”の一人に。

◎ 竹内まりや(シンガー・ソングライター)
昭和30年島根県生まれ
ライブハウス・ロフトのオーディションを受け、そのポップなセンスが注目
され、昭和53年「戻っておいで・私の時間」でデビュー。「不思議なピーチ
パイ」「セプテンバー」などのヒット曲を出しながらも体調を崩して活動を
停止。その後、山下達郎との結婚などを機に、本格的なシンガーソングライ
ターとして再出発。「本気でオンリーユー」「駅」「純愛ラプソディ」など
多数のヒットを飛ばす。平成6年ベストアルバム「Impressions」は350万枚
を超える大ヒットを記録。20年デビュー30周年を記念した3枚組みベストア
ルバム「Expressions」がヒット。
                            (WHOPLUSより)

(袴田)

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【2】話題のカタマリ(第73回)         ― 関西午後ラジオの注目株
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大阪のABCラジオはこの4月に大幅な改編をした。
妹尾和夫の後番組となっていた月~金曜の「ドッキリ!ハッキリ!三代澤康司
です」の放送時間が9時~12時までの3時間に短縮され、午後の「ABCパワフル
アフタヌーン」枠が12時~14時55分までの約3時間番組に拡大したのだ。

さらに、「上沼恵美子のこころ晴天」が月曜のみの放送に縮小、火曜に「とこ
とん全力投球!!妹尾和夫です」が9ヶ月ぶりに復活、「桑原征平 粋も甘いも」
が水・木曜の週2日に拡大し、金曜のなるみ・八方の後番組には「兵動大樹の
ほわ~っとエエ感じ。」が始まった。

6月末から7月初めにかけて大阪へ行く機会に恵まれ、新しい「ABCパワフルア
フタヌーン」枠の番組を聴くことができたのだが、今回の改編で最も成功した
のは、金曜日の「ほわ~っとエエ感じ。」ではないだろうか?
http://abc1008.com/hyo/index.html

今までの慣例ならば、上沼恵美子と同様に同局ラジオ番組ではベテランの域に
達している宇野ひろみをメインパーソナリティーに据えて、お笑い芸人と男性
局アナを侍らせるところだが、あえて宇野をアシスタントにしたところが凄い。
そして、兵動大樹の喋りは同時間帯のラジオでは断トツで面白い。
いつか、担当曜日を週2日に拡大できるまでに成長してほしい注目株だ。


◎ 兵動大樹(漫才師)
    昭和45年大阪府生まれ
吉本総合芸能学院(NSC)9期生。平成2年同期の矢野勝也とコンビ“矢野・兵動”
を結成、ボケ担当。5年ABCお笑い新人グランプリ優秀新人賞をはじめとして
数々の賞を受けて活躍。個人では、19年よりフジテレビ系「人志松本のすべ
らない話」で巧みな話術を披露し、MVS(モスト・バリューアブル・すべらな
い話)を受賞。
                            (WHOPLUSより)

(袴田)

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【2】話題のカタマリ(第72回)     ― ジョイント・ライブの在るべき姿
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1970年代を代表するシンガー・ソングライター、キャロル・キング & ジェイ
ムス・テイラーのライブCD+DVD「LIVE AT THE TROUBADOUR(邦題:トルバドー
ル・リユニオン)」が発売された。
http://www.universal-music.co.jp/jazz/artist/james_taylor/ucco3018.html

若き日に2人が出演していたロサンゼルスのクラブ「トルバドール」の50周年記
念で、2007年に再共演した際のライブ盤である。このCDが発売となる1ヶ月前に
開かれた2人の来日公演を観に行ってきた。

ジョイント・ライブといえば、キャロルは2007年に「3 Great American Voices」
と題されたイベントコンサートで、メアリー・J.ブライジやファーギーという
全く別ジャンルのアーティストと来日したことがあった。三者三様の各ステージ
を終えて、最後だけ3人で2、3曲共演して終わりという、大会場でのイベントに
ありがちなジョイント・ライブ(それぞれのステージの出来は良いのだが...、
“ジョイント”ではない)。

一方、今回のキャロル&ジェイムスのジョイント・ライブでは、キャロルが歌う
時はジェームスがギター演奏とバッキングコーラスに徹し、逆にジェームスが歌
う時は、キャロルはピアノやギターを弾き、コーラス、ダンスの八面六臂ぶり。
2人の代表曲「You've Got A Friend(きみの友だち)」しか聴いたことがない方
でも、このCDで来日公演の素晴らしいパフォーマンスのエッセンスを感じられる
だろう。


◎ キング,キャロル(KING,CAROLE)
1942年ニューヨーク・ブルックリン生まれ
ニール・セダカの紹介で10代で作曲家としてデビュー。音楽出版社アルドン
に属し、最初の夫であるジェリー・ゴフィンとのコンビで「ウィル・ユー・
ラブ・ミー・トゥモロウ」「ロコモーション」ほか多くのヒット曲を生む。
1962年「泣きたい気持ち」で自らもレコード・デビュー。'68年シティという
グループを作りボーカルとピアノを担当。'71年初のソロ・アルバム「つづれ
おり」をリリース、アコースティックなサウンドが人気を呼ぶ。

◎ テイラー,ジェイムス(TAYLOR,JAMES)
1948年ボストン生まれ
12歳からギターを始め、1967年ダニー・コーチマーとフライング・マシーン
結成。'69年「ジェームズ・テイラー」でビートルズのアップル・レコードか
らデビュー。後、アメリカに帰国。 '71年「マッド・スライド・スリム」を
発表。シングル・カットされた「きみの友だち」が全米No.1になる。
                            (WHOPLUSより)

(袴田)

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