[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■ 知的バラエティコラム/本日も、風まかせ!(第12回)坂本あおい
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
『秋刀魚に寄す』
日ごろお世話になっている目黒区図書館の検索端末は、その名も「さんまく
ん」。貸出券には、本を小脇に抱え、シャポーを脱いで挨拶をするお茶目なサ
ンマの絵が描いてある。もちろん、この「さんま」は「目黒の秋刀魚」から取
っているにちがいない。多少、悪乗りの感がなくもないが、わたしはこのキャ
ラクターがけっこう気に入っている。
サンマといえば、今が旬だ。江戸の人は脂が多いと嫌ったけれど、うまみた
っぷり、栄養たっぷりのサンマを食べない手があるだろうか。焼くだけであん
なに美味しいなんて、なんてすばらしい食べ物だろう。
ということで、サンマ賛美の気持ちをこめて、今回は「秋刀魚」のキーワー
ドで検索。食品関係の人のデータがずらりと並ぶにちがいない――と思ったら、
まったく予想をくつがえす結果になった。原因は映画『秋刀魚の味』だ。ヒッ
トしたデータのほとんどが、この映画に携わった人々のものだったのだ。
そうした中に一人、カタカナの名前の人がいた。やはり映画の関係者かと思
ったが、よく見てみると損保の社長さん。ギ・マルシアさんという方で、経歴
は以下の通り。
---------------------------------------------------------------------
◎ ギ・マルシア
実業家 アクサ損害保険社長 1949年7月29日 チュニジア生れ
チュニジア生まれのフランス育ち。パリで小津安二郎監督の映画『東京物語』
『秋刀魚の味』を見て日本に興味を持ち、1984年来日。10年以上製薬会社役
員を務めた後、損保業界へ移り、アクサ損害保険社長に就任
(データベース「WHOPLUS」より)
--------------------------------------------------------------------
なるほど、『秋刀魚の味』が来日のきっかけとなったというわけだ。
日本の作品に感銘を受けたと話してくれる外国人はけっこういる。聞いた中
で、断トツ多く名前が挙がったのは、映画『生きる』と三島の小説『金閣寺』
だ。わたしは当初どちらも未見、未読だったので、彼らの熱い話を聞いてあわ
てて両作品を手に取った次第。今回も同じ展開になりそうだ。小津安二郎の遺
作ということだし、サンマがどのようなかたちで登場するのかも気になるとこ
ろ。近いうちに見てみよう。
ところで、『秋刀魚の味』の英語のタイトルは『An Autumn Afternoon』だ
そうだ。なんだかイメージが違うなあ。ベンチに座る、灰色の瞳の老人たち。
熱をおびない午後の光が、マロニエの落ち葉を穏やかに照らす――。サンマが
連想させる庶民の台所の風景が、どんどん遠のいていく。
ギ・マルシアさんが見たであろうフランス語版は『Le Gout Du Sake(酒の
味)』とのこと。なにやら男の背中をシミジミ感じさせる題ではないか。Sake
なので舞台はいちおう日本。熱燗を手にする会社員二人。「いやあ、ついにね」
「世の中の流れだとはいえ、まさか自分が……」「まあまあ、どうぞ」二人は
猪口の酒をちろりと舐め、しんみりと話を続ける――。
いやいや、ギ・マルシアさんが映画を通して見た日本の光景は、そんなもの
ではなかったはずだ。想像は勝手にふくらむばかり。早いとこ、実物を見なく
ては。